学園祭、初日 -貧乏籤差し上げます-



 


 ポケットの中の携帯電話が震えた。取り出して確認してみるとそれは着信で、相手は北条からだった。



「もしも……」
「下野! 吉野が、吉野が大変なんだ!」

 俺の声を遮って、北条の声が緊急を告げる。その言葉に、内容に、俺の意識が持って行かれた。吉野が……何だって?



「とにかく今すぐ文芸部まで来て!」

 俺が何かを言うより早く、電話はかかって来たときと同じように唐突に切れた。






学園祭、初日
-貧乏籤差し上げます-



 ハア……ハア……ハア……。

 息を切らして階段を駆け上がり、文芸部の扉を勢い良く開け放つ。バーン、その音に室内にいた全員がこちらを振り向いた。……一人を除いて。



「2分12秒フラット。やるなあ下野、弓道場からここまで最速記録の更新じゃないの?」
「北条……貴様、その為に、この俺を、わざわざ、こんな、所まで、呼び出し、たんじゃ、ない、だろうな!?」

 文節が短いのは節々で息を継いでいるからだ。全力で怒りたいがそれどころではない。

「まさか。僕、嘘は吐かないよ。吉野が大変なことに変わりはないもん」
「その、吉野は、どこに、いる?」
「それが判らないのよ」

 そう言ったのは相澤先輩だった。佐伯先輩も鷹月先輩も、困ったような顔をしている。

「文芸部の催し、読書茶屋なんだけど、人が集まりすぎてパンクしちゃって。店の仕様をチケット制に変更して再開店するようにしたんだけど、なのちゃんが『ちょっとチケット売ってきまーす』って言って出てっちゃったのよ。何の気なしに送り出したんだけど……」



 俺は嫌な予感がした。
 先輩方の格好は、着物に袴の女学生姿。まさか――



「……吉野は、その格好で、一人で行ったんですか!?」
「そうみたい」
「そうみたい、って……どうして止めなかったんだ、北条!」

 俺は鉾先を北条に向けた。俺が怒れる相手なんて、この場にはどのみち北条しか居ない。
 書生姿の北条は肩を竦めて言った。

「僕に八つ当たらないでよ。だって僕、その時席外してたんだし、気づいたからすぐに下野を呼んだんだし」
「お前が行け!」
「僕には行けない事情があったの。……ねえ紫サン?」

 いきなり振られた彼女は真っ赤になって目を逸らした。何かあったのだろうが、北条がやけに嬉しそうなのが腹立たしい。



「だからね、お願い下野君。なのちゃんを見つけてきて欲しいの」
「アタシからも。下野君お願い!」

 先輩二人に頭を下げられて、俺は大きなため息を吐いた。そこまで頼まれたら断れないし、そもそも――



「……弓道部の方にも、ちゃんと吉野を寄越してくださいね」
「前向きに検討しておくわ」

 ちょっと策を弄してみようかと思ったが、やっぱり是とは言われなかった。まあいい、どうせ行かなきゃいけないし、行けるなら俺が行くのが一番いい。精神衛生上。

「じゃあ、行ってきます……」



 俺は静かに扉を閉めて、それから来た道をダッシュで戻って行った。






 お祭りムードの新校舎で、程なく吉野は見つかった。

「はーいはい、文芸部の読書処・浪漫茶屋のチケットはコチラ〜!」

 見覚えのある顔と一緒に、群がる輩を上手く捌いている。その、見覚えのある女子が俺に気づいて吉野の袖を引き、それで俺に気づいた吉野が満面の笑みで俺に手を振った。

「あっひーくん!」
「誰がひーくんだ」

 いつものように返してから、いつもと違う彼女の姿に目を奪われた。……不覚にも可愛いとか思ってしまった自分が悔しい。俺は殊更にしかめっ面をしてみせた。

「やる気があるのは結構だが、お前が考え無しに飛び出して行ったから、先輩たちが心配していたぞ」
「え? センパイたちが?」

 てれてれと笑み崩れる吉野。隣の女子がため息を吐いて言った。

「フォローはしたけど、ちゃんとなのが自分でチケット捌いてたのよ? そこは酌んであげて、下野君」
「えーと……」



 ショートカットの女子はよく見る顔だ。見るときは大概吉野とセットで、彼女の友人なんだろうことは知っている。だが名前は知らない。

「1−Cの渡瀬よ」
「ひーくん、つぐみちゃんと話すの初めてだっけ?」

 ……当たり前だ。お前はいつも自分から俺のテリトリーに来るだろうが。

 渡瀬は吉野の頭のリボンを整えてから、ちょうどいいわ、と俺に向けて言った。



「……何がだ」
「私、そろそろ行かなきゃいけないの。なののこと、お願いね。きっとまた暴走するだろうから」
「ちょっとつぐみちゃん! 暴走ってひどい!」
「あら。暴走じゃなきゃなんなの?」
「爆走!」
「もっと悪いじゃない。まあいいわ、次になのが爆走しても、ブレーキかけるのは私じゃないし」

 渡瀬はチラッと俺を見た。……俺か!?



「は!? 俺はコイツに帰るよう言いに来ただけで……」
「だってなの、帰る気ないんだもん。かといってひとりじゃ心配だし……良かったわ、下野君が来てくれて」

 じゃ、頑張ってね。渡瀬はヒラヒラ手を振りながら去っていった。
 俺の横でぶんぶか手を振る吉野に、俺は声をかける。



「……吉野」
「なあに?」
「帰るぞ」
「帰らないよ?」
「帰るぞ!」
「チケット売り切るまで帰らないもん!」

 強情に言い張って、吉野はスタスタと歩き出す。コイツなんで言うこと聞かないんだ。
 かといってひとりじゃ心配だし……と考えて、それがたった今去っていった渡瀬の台詞とそっくり同じことに気づく。そして貧乏籤を押し付けられたことにも。

 この貧乏籤は、棄てることはできない。
 俺は盛大なため息を吐いて、吉野の後を追って歩き出した。


 
日常 かんな 志乃 なの 紫1 
小出高校 top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -