逃げ出したセーラー服 |
それは束の間の休憩時間に零れた言葉だった。 「嘘……。アタシの制服が……ない……。」 文化祭の間、文芸部の控え室になっている生物室に降りた瞬間だった。 教室は施錠してあり、鍵は部員各々が椎名より借りた合鍵を管理している。手洗いから帰ってハンカチを制服のポケットに入れたままだったのを思い出してから、の冒頭だ。 志乃は畳まれたセーラー服を念入りに確認していくがそこにあるのは3着のみ。自分はセーラー服を一番端に畳んで置いた記憶があるし、失礼ながら他3着のセーラー服をチラッと見せてもらったが、自分のものではなかった。 毎日着ている制服は自分の物だと確信出来る感覚が肌にはあると思う。それが今目の前にはないのだ。 「……何で?」 摩訶不思議な現象について、考えあぐねたところで到底答えには到達はしない。 かんな、紫、なのの女子3人は今部室で接客中であるし、黒一点の大海の制服も教室の隅に丁寧に畳まれている。 ゾクッと冷たい雫が走るような寒気が志乃の背中を走った。 鍵はかけられていた。 その鍵は今部室にいる皆が各々持っている訳で。 誰かに勝手に貸与する人もいるはずはなく。 この部屋の管理者である椎名は外出中だと貼り紙が研究室の扉に誰もいない廊下の宙をひらひら舞っていた。 志乃は生物室を一瞥すると、重い袴を持ち上げて瞬時に駆け出す。 ……いや、怖い! 「……だ、誰かー!」 カツコツとブーツの踵を高く響かせながら、志乃は泣き顔半分で喫茶を運営している部室の扉を思い切り開け放った。 そんな志乃の振る舞いに接客をしているみんなも、また客の動きも一瞬、固まる。 息咳き込んで肩で呼吸するそんな志乃の着物の袖を摘まんで裏側へ引き連れたのは紫であった。 「……志乃ちゃん、店内だから。」 「……ごめんなさい……。」 「半べそでどうしたの?休憩のはずだろ?」 「……それが、」 志乃は紫の着物の袖をギュッと力を入れて握り締めた。 心許ない子どものように、遠慮がちだけれどしっかりと。 事の経緯を紫へと説明した。 紫も摩訶不思議だと云わんばかりに首を捻る、と共にわなわなと拳を震わせた。 「……何処のどいつなんだよ、そんなことをするのは。許さない。」 「……紫ちゃん、落ち着いて。声が表に聞こえるわ。」 紫を宥めるように、裏方に顔を出したのは三つの鍵を手にしたかんなであった。 それぞれにテプラで2、5、6と番号が振られている。貸出をした鍵に記された番号だ。 2がかんなへ、5はなのへ、6は大海へ貸与されたものであり、ここにいる部員ではないことが明確となる。 勿論、紫も手のひらに3の鍵を乗せた。 志乃の手のひらにも4の鍵がある。 「……椎名は私たち以外に鍵を貸し出てるのか?」 「わからないけど……。多分他に貸し出すのは渋ると思う。」 「そうよね。窓でも開いていて誰かが外から入り込んだなら、こう兄に一刻も早く伝えなきゃ。」 「……ごめんね。」 しょんぼりと呟く志乃に紫とかんなは同時に俯く肩を強く叩いた。堪らないのは彼女たちも同じだ。 「そんな気味の悪いことに友達が晒されてるんだよ。平気でいられるか。」 「そうよ、志乃ちゃん。ごめんねはわたしも要らないわ。」 「うん、ありがとう……。」 頼り気なく笑う志乃を二人は心配そうに見詰めながら、部室から見下ろせる中庭へと視線を移した。それは強く、鋭く。 かんなが早速、校内を巡回していた生徒会長である宮本浩輝を見付けると、志乃の手を引いて事の経緯を説明した。 浩輝の表情はみるみる険しくなる。 事は事だ。 盗難に、それはセーラー服で目的が明らかに怪しい香りを匂わせる。 「盗られたのは佐伯のセーラー服1着だけか。」 「……はい。」 小刻みに震える小さな志乃の手をかんなは強く握り返した。震えごと包み込まれる。 「こう兄、わたしたちも何でもするから絶対に犯人を見付けて。」 かんなの言葉に浩輝は組んでいた腕を左右組み直した。 「当たり前だろう。心配はいらない。佐伯も余計なことは考えないようにな。」 志乃は小さく頷いて、繋いでいるかんなの手に力を込めた。 そんな時だった。 バタバタバタバタ。 けたたましい足音と共に何人もの生徒が目の前の中庭から新校舎へと一気に走り抜けてゆく。 そこで聞き捨てならぬ情報を得ることになる。 「お前、もう行ったか?」 「どう意味!?」 「お化け屋敷だよ!」 「なに、なに?」 「今白衣を着た幽霊とセーラー服を着た骸骨がお化け屋敷に出たらしいって!」 「マジかよー!?」 「化け物同士のデートか!どこに行ったんだ?」 三人の目の前を通過した嵐の後には落ち葉がひらひらと虚しく舞っている。 もう調べるもない明確な答えが残念な形で判明した。 沈黙に包まれる中、浩輝は唸るように頭を抱えた。 一方、志乃と言えば……。 ブチンッ! 彼女の中でとても太い破裂音が鳴り響いていた。 顔には若干の青筋が立っており、繋がれたかんなの指先は志乃の怒りによってとても熱い。 今度は別の意味で志乃の手が小刻みに震え出した。 「……っ、先生の……先生の……弩阿呆ーっ!」 志乃の椎名への叫びは若干浮き足立っている校内の椎名には当然届きはしなかった。 彼の横にはセーラー服を来た人骨模型のルーシーが。そのルーシーに今着せられているのはまぎれもない生物科教室から消えた志乃のセーラー服であった。 こうして盗難事件は犯人判明により未遂?で終わりを遂げた。 逃げ出したセーラー服 (人に物を借りるときはきちんと断りをいれてからにしましょう。ねえ、いい年した大人の生物科の先生?) (……ルーシー、似合う。) (……って聴いてますか!?) |