小出高校の男子サッカー部の学園祭



 


 男子サッカー部の学園祭の催しはお化け屋敷だ。
 みんなで悪乗りしながら作り上げたそれは、自分で言うのも何だが結構本格的で結構怖い。そして怖いもの見たさで来た生徒を目一杯怖がらせて帰すのだ。






 入口で一人、店番をしていた俺の前に、背の高い人影が現れた。それが良く見知ったクラスメートだったので、俺は軽く手を上げ……かけて違和感を覚えた。



「北条……お前、背高いのにさらに高くなってどうすんだよ」
「仕方ないだろ、松嶋。どうせ校内彷徨くんなら、宣伝も兼ねて『制服』のまま彷徨けって部長のお達しなんだから。……せっかくデート中なのに、人の目を引いて仕方ないんだ」

 書生姿の彼の後ろから、女学生姿の鷹月先輩が顔を出してぺこりと頭を下げる。俺も慌てて頭を下げて、内心で北条をやっかんだ。――ああ羨ましい。
 そのとき、裏方から中上がひょっこりと顔を出した。



「松嶋ー、そろそろ交代……ってうわデカっ!」
「中上……限りなく失礼だよね」
「あっ鷹月先輩もっ! こんちは、カワイイっすねその衣装!」
「……どうも」

 先輩は目を伏せながら礼を言う。照れているんだろうか……綺麗なのに可愛いって反則だ。



「でも先輩!」
「何だ?」
「どうして体育祭の時のミニスカ袴じゃないんすか!?」



 中上のストレートな問いかけに、先輩は言葉を失って、それから顔を赤くした。そして――



「中上。ちょっと廊下まで顔貸して」

 イイ笑顔でそう言う北条に、中上の顔が全力で引きつった。






「スミマセン、先輩。中上が失礼千万を」
「ああ……構わないよ、ええと……松嶋、だっけ?」
「あ、ハイ。俺ら二人とも、北条のクラスメートなんすよ」
「そうか」

 図らずも、鷹月先輩と二人っきりで話をする機会を得てしまった。クールビューティーと言われた外見とは裏腹に、彼女の受け答えは柔らかい。

「松嶋。……クラスでの北条は、どんな感じなんだ?」
「そうっすね……だいたい今みたいな感じっすけど。どうでもいいことでバカみたいに盛り上がって。俺らがやり過ぎて北条を怒らせたり、北条含めて弓道部の下野に怒られたり」
「楽しそうだな」
「まあ、楽しいっすね」
「……何がそんなに楽しいの?」



 ナチュラルに会話に割り込む声。北条がさっきまで中上に向けていたトゲが、今度は自分に向けられているのに気づいて背筋がひんやりとした、けど。



「お前のクラスでの様子を聞いていたんだ」

 助け舟を出してくれたのは鷹月先輩だった。北条の顔があからさまに弛む。

「紫サンたら……そんなに僕のことを知りたいんですか?」
「……そうだな。誰かお前の弱点でも教えてくれないかな、とは思っているがな」
「それはたムグッ」



 ――それは鷹月先輩です。
 と言い掛けたのだろう懲りない中上に、左手でアイアンクロウを食らわせながら、北条は鷹月先輩の腕を取って真顔で言った。

「わかりました。じゃあこのお化け屋敷の中で教えてあげます。怖いからくっついていっても良いですよね?」
「私は欠片も怖くないからくっつくな」
「紫サン……つれないです……」

 それでも北条は先に立って、鷹月先輩をエスコートして歩き出した。先輩もそれに素直に身を委ねる。結局ラブラブカップルであることに変わりはないのだ。
 羨ましい、ああ羨ましい羨ましい(五七五字余り)。






「おーい。誰か来たのか?」

 二人がお化け屋敷に入っていったのを見透かしたかのように別の顔が覗いた。どす黒く変色した肌に爛れた皮膚、落ちくぼんだ眼窩……人じゃなくてゾンビ。

 の、仮面を付けたサッカー部の同級生、田窪慎也だ。



「ああ。でも今入っていったカップル、間違いなく今日一番冷めた客だからさ。悲鳴のひとつも期待できないなー、って」
「バカ言え。オレらが精魂込めて作り上げ、全身全霊で演じてるこのお化け屋敷でそんな反応されてたまるか」

 ふんぞり返る田窪の仮面はかなりグロい。確かにそう言いたい。……相手が北条と鷹月先輩じゃなければ。
 同じことを中上も思ったのだろう、不敵に笑って言い返す。

「じゃあ賭けるか? 悲鳴上がらないにジュース一本」
「オレは悲鳴上がるに一本」

 すぐに乗る田窪。ついでに俺も便乗してみた。

「俺は田窪の悲鳴が上がるに一本」
「なんだソレ」
「さあな。まあせいぜい頑張れ」

 さりげなく誤魔化して、そして俺は田窪を送り出した。






 田窪の持ち場は一番最後、出口にほど近い辺りだ。明かりが見えた安心感を突いて背後から襲い来る、はっきり見えるエグいメイクのゾンビ。お化け屋敷のシメだ。
 俺と中上はこっそり裏方から覗いてみた。足早にお化け屋敷の中を進む二人。その背後からゾンビが現れた、だが振り向いた二人からは案の定悲鳴は上がらない。焦った田窪が鷹月先輩に手を伸ばして――



 ――次の瞬間、田窪の悲鳴が上がった。



「紫サンに手を出さないでよね、腐った死体の分際で」
「……北条……ゾンビにまで威嚇するなよな……」
「駄目です。紫サンは僕のなんですから、何人たりとも触れさせません!」
「お前な……最近独占欲強過ぎだ……」

 笑顔で凄む北条と、呆れ顔の鷹月先輩。田窪のゾンビ仮面の下は間違いなく涙目だろう。
 俺と中上は田窪に手を合わせた。合掌。






小出高校の
子サッカー部の
学園祭



 こうして賭けに勝った俺はジュースをゲットした。
 そしてまさかお化け屋敷の脅かし役で脅かされるとは思っていなかっただろう田窪に、別の機会にジュースを奢ったのは……

 出来レースだったことを知らない彼に対する罪悪感からだった。


 
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