体育祭 -えげつない借り物競争-



 


「ふむ。今年もまたたくさん集まったな」

 生徒会室の作業机の上に山積みにされたのは――たくさんの紙片。
 それを一瞥し、浩輝は会した一同に告げた。

「よし。今日はこの紙片のチェックを行う。公序良俗にそぐわない内容のモノは片っ端からふるい落とせ。重複は可とする。……始めるぞ」

 彼の声と同時に、生徒会役員と各部の部長、各学年の委員たちは、一斉に作業を開始した。






体育祭
-えげつない借り物競争-



 ウチの学校の借り物競争はえげつない。

 それを言っていたのは中上で、そして俺がその理由を知ったのは、すべてが終わった後のこと。

 生徒会室の前に大きな投書箱が置かれていた、だとか。
 その隣には投書用紙が山積みされていた、だとか。
 その大きな投書箱は、毎日空にしてもまた翌日にはいっぱいになっていた、だとか。
 ――投書の内容が、すべて借り物競争の内容だった、とか。

 即ち指令の内容は、生徒や教師が思いつくままに書いたもので、冗談混じりの内容も度を超さなければ認可されると知ったのも、すべてが終わってからのこと。






 グラウンドの真ん中、スタートラインの脇に誘導された俺はまず、大きな箱がコース上に運ばれていくのを見て絶句した。箱の中には、たくさんの紙片。……これは一体何の競技だ。

『続きまして、借り物競争を行います。あのボックスからカードを引いて、自分が借りられると思ったものを借りてきてください。尚、リトライは五回まで可とします。六回目以降の引き直しは認めません……』

 放送部のアナウンスが俺の右耳から入って左耳から出て行った。訳がわからない。俺は隣に座っていた、浮かない表情のB組の藤井に声をかけた。

「……意味、解るか?」
「言ったとおりだろ? 引き直しは五回まで。借り物の内容が内容だから、自分が借りられそうなものが出るまでは引き直していい、ってことなんじゃねーの?」

 ため息を零す彼は、この借り物競争の『えげつなさ』を知っているらしい。……その隣でニコニコワクワクしているクルクルパーと違って。



「……吉野」
「なあに?」
「どうしてお前は借り物競争に参加した?」
「楽しそうだったから」

 彼女はあっさりとのたまった。

「……何も知らないって、幸せだよな……」

 苦笑いする藤井に、俺は激しく同意した。



 まずは一年生がスタート地点に立たされた。ピストルの音とともにダッシュする。箱にたどり着くのはすぐだった。無心のまま、一枚の紙片を手にして広げ――言葉を失った。



『ハズレ』

「……って借り物じゃないだろうがっ!」

 俺は紙片を握り潰した。まさか空籤が入っているとは……えげつない……。



 と、その時、スタートで出遅れてようやくやってきたた吉野が一枚目の紙片を引いた。それをまじまじと眺めてからニマッと笑う。

「うん、コレならイケる!」

 ……アイツ……何引いたんだ?



 吉野は猪の如く真っ直ぐに観覧席に駆け出した。そこでひとり、浮いた姿の『彼女』に声をかける。



「アリカセンパイっ、お願いします!」
「え、ウチ?」
「借り物の内容が『ドレスを着たひと』なんです!」
「しゃーないな、行ったるわ」
「きゃーん、ありがとうございますー」



 二人のやりとりが風に乗って聞こえてきた。ボックスの傍らに居る判定係が上げた旗は……勿論、白。
 吉野は金髪ウィッグにドレス姿の先輩と手を繋いで、ゴールに向けて駆け出した。当然ぶっちぎりの一番だ。

 ……そういや……
 吉野の引きの強さがハンパないことを忘れてた……。






 吉野以外の面子は往々にして苦戦していた。「『愛』なんてどこにあるんだ!」とか、「『好きな相手に告白のちランデブー』って……できるならとっくにしてるわ!」とか、切ない思いの丈が迸ってくる。
 俺は気を取り直してもう一度引いた。



『カツラ』

 ……誰のだ。

 思わずツッコんでからハタと気づく。今吉野が連れてった先輩。彼女は金髪のウィッグを被っていた――!
 顔を上げると、今まさに、彼女は吉野と共にゴールテープを切ったところだった。……駄目じゃん。やけっぱちで次を引く。



『ルーシー』

 ……最早意味不明だ。次。



『自分より背の高い異性』

 ……コレ五枚目に北条が引いてたら、確実に詰んでたな。そんなことを考えてから、俺とて声をかけられる異性に俺より背が高い人はいないことに気がついた。……次だ、次!



『椎名智久』

 ……名指しかよ!

 俺は周囲を見渡してみたが、当然椎名先生は居ない。多分自分の準備室に籠もっているんだろう。今から旧校舎の椎名準備室まで行って、先生を説得して連れて行くのはさぞかし骨が折れそうだ。
 引き直そうとして、横合いから声をかけられた。

「1−A、それが五枚目だよ。もう引き直しは許されない。最後の指令に従ってくれ」

 判定係の声だった。俺は紙片をぐしゃっと握り潰す。
 ……まあいい、多分前四つの指令よりはできる気がする――!






 俺は結局、競技終了までに戻って来ることができなかった。
 理由は椎名先生が準備室に居なかったからで……見当が付かず校内をさ迷う俺に届いた、無情な放送。



『以上を持ちまして、借り物競争を終了します。借り物を見つけられなかった人は、速やかにグラウンドへ戻って来てください……』



 借り物が見つからなかったのが俺だけじゃありませんように。俺は心からそう願いながら、すごすごとグラウンドへと足を向けた……


 
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