可愛い彼女共有論









夕陽はとうに傾き、辺りに暗い影を落とし始めている。
そんな中、小さな影が一つ。第二図書室にて懸命に何かに手を伸ばしている。

「っく、後少し……なのに……。」

爪先立ちになって本棚に噛りつく。欲しい本は後僅かの所で届かないでいた。
無茶をせずに始めから脚立を使っていればこんなに時間を無駄にせずに出来ただろう。
しかし頑固な彼女はここまで来れば自分で取ってやるんだと闘志を燃やしていた。
勿論、ちっぽけな闘志である。

「あと……ちょっ……、わあっ!」

いきなり彼女の上に現れた長い影がその標的である本をいとも容易く取り上げる。

「お目当ての本はコレですか?佐伯先輩?」
「……北条くん!あ、れ?まだ残ってたんだ?アタシが最後閉めるつもりだったのに。」
「紫サンに薦められた本を探してたんです。」

セルフレームの奥の瞳がニコニコと弧を描いて、彼女こと佐伯志乃の小さな手に本をポンッと渡すのは一年後輩の北条大海であった。

本当に見上げなければならない位の背丈があって、だからと言って威圧感は全くなく、いつも屈託ない表情を見せてくれる。
彼は志乃と同学年の鷹月紫にとても懐いており、お茶目をしては紫に痛恨の一撃を食らっていた。





「……何だかとても嬉しそうだね、北条くん。」

暗がりの中、ほんのりと夕陽で分かる頬の色と口角の角度。彼は素直に答える。

「はい!紫サンが薦めてくれた本なんで!」

こちらが面食らう程の笑顔を見せられてしまい、志乃は小鼻を掻いた。何故かその素直さに照れてしまう。

志乃が黙ってしまうと大海はきょとんとしてリーチのある手で志乃の手にした本を指差した。

「佐伯先輩の次にそれを僕に貸してくださいね。」
「う、うん。これも紫ちゃんに薦められたの?」
「はい!」

志乃はクスクスと笑う。

「え、何か変なこと言いました?」
「ううん。アタシも紫ちゃんに薦められたの。先に失礼しちゃってごめんね。」
「いえ、まだまだ読みたい物はあるんで。」

(紫ちゃんのことになると更にいい笑顔。)

志乃の頬がついつい綻ぶ。

「あ、そうそう。紫サンの本も直にお借りしたんですよ、コレコレ。」

そう言って、大海は脇に挟んでいたハードカバーの本を取り出した。歴史物の書籍だ。

「凄い読み込まれてるみたいで……。」

大海は愛しそうに紫から借りた本をゆっくりと捲り、すっとページに指を滑らせた。
骨張った長くて綺麗な指だ。
まるで紫本人を扱うように優しく触れる。





「本当に紫ちゃんのこと好きなんだね。」
「はい。」

その答えに一瞬の迷いも間もなかった。彼を見ていれば答えなんて無くても分かる。
そして紫に惹かれる理由も――。

「……紫ちゃんって可愛いよね。」
「はい、とっても。」

彼の瞳はキラキラと輝いていて、ああ、その背の高い頭を撫でてあげたくなると志乃はふと思う。
届かないけれど。

「紫ちゃん本人に言うと『誉め言葉じゃない』って言って眉間に皺寄せるけどねー。」

一拍置いて大海が続ける。

「僕には鳩尾パンチか本の角が飛んで来ますよ。でもそんなところが可愛いって思うんです。外面じゃわからない内面の可愛らしさが。」
「わかる、わかる!」
「照れ隠しなんだなって。」
「不器用な可愛さだよね。他のことは器用にこなしちゃうのに。アタシもそんな紫ちゃんが好きで堪らないよ。」
「佐伯先輩には譲りませんよ。」
「アタシだって北条くんに簡単に渡さないよ。」

志乃も負けじとニヤリ笑った。こうして二人の紫談義は陽が落ちるまで続けられたのだった。





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(大好きなキミへ。)
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