体育祭 -部活対抗リレー・上-



 


「部活対抗リレー……って何ですか?」

 耳慣れない言葉に僕は首を傾げる。すると相澤センパイはにっこりと微笑んだ。

「文字通り、よ。体育祭の目玉の部活対抗400メートルリレー。但し、条件としてバトンはその部らしいもの」
「……それって面白いんですか? 運動部と文化部で大差が付きそうなんですが」
「それがそうでもないのよ。例えばテニス部ならラケットの上にボールを乗せて走らなきゃいけないし、サッカー部やバスケ部はドリブルで、次の人にボールをパスしなきゃだし」
「……ちなみに陸上部は?」
「陸上部はさすがに普通のバトンよ。ただ、距離は600メートルになるんだけど」

 成程。運動部には過分なハンデが与えられるらしい。

「あと文化系の部活は、何人が何メートルを何回走ってもいいの」
「でも、バトンパスの回数を増やすのは、パスミスやタイムロスを招く気がするんですが……」
「そこはそれぞれの部の判断次第ね。運動のできる人に全部委ねるか、みんなで頑張るか。まあ翌日からの部活の出し物アピールの場でもあるから、演劇部なんか毎年派手に着飾って練り歩いてるけど。
……で、ここから本題」



 相澤センパイは神妙な顔をした。……なんだろう。






「毎年、優勝チームには部費の臨時ボーナスが支給されるの。まあいわゆる打ち上げ代ね。そしてこれはこう兄がリークしてくれた極秘ネタなんだけど……今年はボーナスが増額されるらしくって。で、欲しいなあって」






 ……欲しいなあって、って。



「ものすごくあっさり言いましたね相澤センパイ……勝てると思ってるんですか?」
「思ってるわ。あなたが頑張ってくれたら」

 イイ笑顔でセンパイは言う。

「……それって無茶ぶりって言うんですよ?」
「あら無茶だと思ってないわよ。北条君、スポーツ得意じゃない? 前のクラスマッチの時もあなたのクラス優勝したって聞いたし」
「それは確かに否定はしませんけど……でも現役の運動部と張れるほどの自信はありませんよ?」
「大丈夫よ。うちのバトンは丸めた原稿用紙だし。パスはしないからロスもないし」
「それって僕ひとりで走れっていうことですか!?」
「そうだけど?」
「ますますもって無理です!」

 僕は重ねて言った。優勝ありきって無理でしょ、どうしたって。しかも400メートルを一人でって……無理無理、無理だ。
 僕の返答に、相澤センパイは大きなため息を吐いた。



「仕方ないわね……じゃあ半分でいいわ。トラック一周、200メートル。あとはこっちで何とかするから。
ああ、でもうちはみんな運動苦手なのよね……紫ちゃん以外。それで優勝なんてできるかしら……もし優勝できたら、特別に紫ちゃんと学祭デートする時間を取ってあげようかと思ったんだけど……厳しいかしらね……」
「…………相澤センパイ」
「なあに北条君」
「それって優勝できなかったら、学祭デートする時間すらもらえないってことですか?」
「うふふ。どうかしらね」



 ぼやきの形を取った恐喝に、今度は僕がため息を吐いた。
 僕が200メートル、紫サンが200メートルじゃ絶対勝てない。相手は男子だ。せめて紫サンが100メートルじゃなきゃ……でも多分、それでも厳しい。50メートル……それくらいならいっそ、僕が頑張った方がいい。



「……わかりました。僕が、ひとりで、精いっぱい、頑張ります」

 がっくりと肩を落としながら、僕はそう言った。






体育祭
-部活対抗リレー-




 次の日も、教室での話題は学園祭についてだった。
 学園祭のうち、体育祭部分はクラスがメイン、文化祭部分は部活動がメインとなる。体育祭の種目決めに盛り上がるクラス内で、僕は下野と部活対抗リレーの話をしていた。
 決して盛り上がっている訳ではない。むしろ盛り下がっている。



「やっぱりお前も出るのか……」
「うん……しかも絶対優勝してねってお達し。ついでに言えば、走るのは僕だけ」
「ああ……文化部ハンデな。俺たちはバトンは矢でいいらしいが、袴で走れとか何の嫌がらせだ! 絶対転けるわ!」
「あ、そんなのあるんだ」

 それを聞くと有利な気がする。下野は足も早いから、真っ当に勝負するのは正直怖かった。ハンデはいくらあってもいい。僕のハンデは400メートル全力疾走だ。死ねる。



「本命はハンドボール部、次点で柔道部らしいな。ただハンド部は去年一昨年と二年連続で優勝してるから、今年は連続優勝ハンデを付けられて+100メートルらしい」
「へー。下野詳しいね」
「部長が乗り気でな……」

 がっくりと肩を落とす下野を見て苦笑する。
 部長が乗り気なのはうちも同じだ。だけど僕には、優勝と紫サンとのデート権がかかってる。
 紫サンとは絶対に学祭デートしたい。今日から少し、鈍った身体を動かそうかな。僕はそんなことを思いながら、宥めるように下野の肩を叩いた。


 
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