![]() | 取るに足らない重大な問題 |
「絶っ対に嫌だ!」 「だってこれも衣装の一部ですよ?」 「嫌なモノは嫌だ!」 「ちゃんと付けて下さいよ。絶対似合うし可愛いですよ?」 「断固拒否する!」 いつもと言えばいつものじゃれ合い。違うのは、紫が着物に袴の女学生姿なところだけ。 かんなは、皆が持ち寄った本を整理している最中の志乃に問いかけた。 「……で。あの二人、今日は何をネタにじゃれてるの?」 「学祭の衣装あるじゃん? アレのリボンをつけたくないって紫ちゃんがゴネてて、北条君が説得中なの」 「リボン……ああアレね。可愛いのに」 「可愛いよね」 「だから嫌なんだ!」 二人の声を全否定する大きな声で紫は言う。その彼女の頭上に、大海が件のリボンを置いた。 「似合ってるじゃん」 「うん、素敵よ」 「紫サン。つけましょう!」 「北条……お前なあ!」 紫が声を荒げたところで―― 「『制服』は着崩しちゃ駄目よ、紫ちゃん」 かんながにっこりと微笑んで、紫は言葉に詰まった。 ニコニコニコニコニコニコ。 大海と、かんなと、志乃と。 満面の笑顔に三方を囲まれた紫は非常に居心地が悪かった。三人が三人、自分を愛でるような視線でいるのだから。 否。実際彼と彼女たちは自分を愛でているのだろう、と紫は思う。頭にでっかいリボンを飾った自分の姿はさぞかし珍妙だろうに、三人はそうは思わないらしい。 誰か私を否定してくれ、紫は心の中で念じる。そうすれば『リボン絶対装着』なんて決まりは揺らぐだろうに、そんな気配は毛頭無い。 「さすがね。ただリボンを結ぶだけなのに、さり気なく髪の毛アレンジまで施すなんて……気合いの入りようが違うわ、北条君」 「だって紫サンを飾るんですから! ああっ、やっぱ可愛いなあ……」 「ハイハイ御馳走様。でもこんなに可愛くしちゃっていいの? また悪い虫寄ってくるよ?」 「全力で排除して、可愛い紫サンを愛でます!」 ……紫は大きなため息を吐いた。 「別に見て楽しいモノではないだろう?」 「楽しいです!」 「ええ、とても」 「うん、楽しい」 ニコニコニコニコニコニコ。……これは一体何の拷問だ。紫は再び大きなため息を吐いた。 と。 ……パタパタパタ。喧しい足音が二つ分。それを聞いて紫は安堵した。彼女たちならこの状況を打破してくれるだろうか。そんなことを期待していたら、派手に扉が開け放たれる。 「ただいまです! 吉野なの、只今帰還いたしました……!」 「吉野! お前、勝手に逃げ出すなとあれ程……!」 そして賑やかな声と共に飛び込んできたなのと聖は、大正浪漫な形の紫を見て言葉を失った。 「……ぐ……」 「…………ぐ?」 「グッジョブ! 紫センパイにリボン!」 ビシッ。親指を立ててそう言ったなのに、紫は即座に噛みついた。 「何が『グッジョブ』だ! 否定しろ、私のすべてを否定しろ! そうしたら私はこのリボンをつけなくても良くなるから! だから……今すぐ私を否定しろ、下野でいいから!」 「え……いや、俺は……別に……」 「駄目ですよ紫サン。リボンはコスチュームです! 外すなんて赦しません、僕が!」 「私も赦さないわよ?」 「同じくアタシもー」 「なのも赦しません! 多数決です、紫センパイ!」 「数の暴力だ!」 とかなんとか、そんな遣り取りの挙げ句、 当日の『読書処・浪漫茶屋』には、ちゃんとリボンを装着した紫が、ぶすくれた顔で給仕をしていたとかいなかったとか。 |