宮本さん家の家庭の事情



 


 その子どもが気になったのは、キョロキョロと辺りを見渡しながら、ひとりで歩いていたからだった。
 幼稚園児か、小学校に上がったばかりかという年頃の男の子。迷子だろうか、だとしたら然るべき所へ連れて行くべきだろうか。そう思いながら彼の顔を見て――



 俺は固まった。






宮本さん家の
家庭の事情



「ね……ねえねえ! アレ宮本センパイだよね? ね!? いつの間にかちっちゃくなっちゃってるよね! ね!!」
「……煩い吉野」

 素っ気なくあしらいながらも、吉野が俺と同じ感想を抱いたことに安堵する。見間違いではないらしい。
 そしてその名に反応したのか、少年がこちらを見た。……どう見ても宮本先輩だ。



「お姉ちゃんたち……お兄ちゃんを、知ってるの?」
「いや〜! 宮本センパイがちっちゃくて、あたしをお姉ちゃんって呼ぶなんて、なんかイロイロ有り得ない!」
「吉野喧しい! 少し黙ってろ!」

 俺は吉野を叱りつけた。その後で、言い過ぎたと思いヘコませたかと気にすれば、、「や〜んひーくんに怒られちゃった〜」とか言っていやがる。
 俺はもう吉野を無視することに決めた。吉野の暴走にも俺の怒声にも動じることなく、きょとんとしているだけの少年に改めて向き直り、膝をついて目線を合わせる。



「君、名前は?」
「ぼく? ぼくは宮本悠斗」
「……ひょっとして、君のお兄さんは、宮本浩輝って言わないか?」
「うん。お兄ちゃんの名前は、浩輝だよ」

 ……やっぱりか。
 これだけ似ていればそうだろうとは思ったが……
 しかし先輩にこれだけ年が離れた弟がいるなんて知らなかった。

「お兄ちゃん、今日はお祭りだから遊びにおいでって言ったんだ」
「ひとりで来たのか?」
「ううん。お母さんと」
「お母さんは?」
「いなくなっちゃった。だからぼく、お母さんかお兄ちゃん探してたの。……お兄ちゃんたち、ぼくのお兄ちゃんを知らない?」
「宮本先輩なら多分生徒会室にいると思うが……」
「いるの? いないの? ……ぼく……わかんないよ……」



 宮本先輩の弟は困った顔になった。――しまった、そう思うが何がしまったのか何が地雷だったのかわからない。困り顔をしたいのはこっちだ。子どもの扱いはわからないし苦手だ。
 すると俺の横に吉野がしゃがみ込んだ。



「ねえ悠斗くん。お兄ちゃんって、このお祭りで一番偉い人なんだよ」
「そうなの?」
「そうなの! だからね、ごめんね、とっても忙しくしてるんだって」
「そうなんだ……」

 しょぼんとする彼に、だが吉野は満面の笑みを向けた。

「でも大丈夫! お姉ちゃん、お兄ちゃんがいっつもいるところを知ってるし、もしそこにいなくても、その部屋で待ってれば絶対帰ってくるよ」
「ほんとう?」
「ほんとう!」



 吉野の満面の笑顔は自信に満ちていて、その顔を見た宮本先輩の弟も笑顔を見せた。

 ――俺にはできなかったこと。
 なのにどうして、クルクルパーなコイツにできるんだ?



「じゃあ、一緒に行こっか」
「うん!」

 当たり前のように吉野は手を差し出して、当たり前のように宮本先輩の弟はその手を取った。そうして二人、手を繋いで歩き出す。
 ……何かが気に入らなかった。だがそれが何かは解らなかったので、俺は仏頂面のまま、二人の後をついて行った。






「悠斗……!?」
「あっ、お兄ちゃん!」

 生徒会室に至る直前で宮本先輩に会った。驚き顔の先輩に、笑顔で飛び込んでいく弟。

「どうしたんだ。母さんは?」
「だれかと話してたの。ぼく、タイクツだったから、お兄ちゃんを探しにいこうと思って」
「そうか。でもな、ひとりでウロウロしちゃ駄目だろう?」
「ごめんなさい……でも、こっちのお姉ちゃんが、お兄ちゃんのいるところ知ってるって、連れてきてもらったの」



 宮本先輩は俺を見て、それから吉野を見た。笑顔で年の離れた兄弟を見やる彼女に宮本先輩はちょっと嫌そうな顔をして――それから頭を下げた。

「下野、吉野。すまなかったな。手間をかけた」
「びっくりしましたよー、宮本センパイがちっちゃくなっちゃったのかって、本気で思いましたもん」
「……さすがにそれはないだろう」

 間が空いたのは、確かに最初同じことを考えたからで、そのことを隠すように吉野を窘めた。宮本先輩が苦笑する。

「まあ良く似ているとは言われるな。だが俺なんかよりよっぽど出来た弟だぞ、悠斗は」
「うぇえ。宮本センパイより出来たって……それハンパなく将来有望ってことじゃないですかー」
「俺はそう思っているがな」



 優しい笑顔で弟を抱き上げる宮本先輩の顔は、今まで俺が見たことのない先輩の顔だった。会長の顔とも、出来る男の顔とも違う、弟を愛しむ兄の顔。
 だけどその顔は、今まで見た中で、一番宮本先輩という人が良くわかる顔だと、俺はそう思った。


 
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