北条さん家の家庭の事情 |
「いらっしゃいま……あ」 「……あー……」 開け放たれた入口を、半ば身を屈めるようにして入ってきた背の高いお客さんを見て、紫ちゃんは驚いたような顔を、北条君は心底嫌そうな顔をした。 北条さん家の 家庭の事情 「ん? 何かなヒロ。その嫌そうな顔は」 にこやかな笑顔は北条君とそっくりで、でも眼鏡がなくて、ずっと大人びてる。お兄さん、なんだろうか。 北条君も笑顔を浮かべた。……絵に描いたような営業スマイルだ。そして一言。 「イヤっしゃいませー」 ……うわー。清々しいまでの拒否っぷりだー……。 「いや棒読みだし! そも違ってるし!」 「だって嫌なんですもん!」 即座にツッコむ紫ちゃんにそう返してから、笑顔を消した北条君は彼に食ってかかった。 「……どうして兄さんが来てるんだよ。今日は仕事の筈だろう?」 「可愛い弟の顔を見に来たんだよ、わざわざ時間を割いてね。……ところで俺を見下ろさないでくれるかな、ヒロ。見下されるのは慣れていないからおもしろくない」 「仕方ないだろ! コレ衣装なんだから!」 ちなみに『コレ』とは下駄のことだ。只でさえ高い北条君に、下駄の分の上背が割り増しされている。でも見た感じ、北条君のお兄さんは、素での身長は北条君よりも高いみたいだった。 噛みつく弟は、悠然と無視。北条君のお兄さんは長身を屈めて紫ちゃんと視線を合わせると、にこやかに声をかけた。 「やあ紫ちゃん、こんにちは」 「無視するな!」 「その衣装、とても似合ってるよ。紫ちゃんの凛とした魅力を引き出していて、とてもいいね」 「過分に褒めないでください……」 「事実だからね」 褒められて顔を赤らめる紫ちゃん。おお? 恥じらい方が可愛らしいぞ。 それはアタシなんかよりよっぽど鋭敏に感じ取ったのだろう。北条君は紫ちゃんの腕を掴んだ……のみならず自分の方に引き寄せて問い詰める。 「紫サン! どうして兄さんの時はそんなに可愛らしく恥じらってくれるのに、僕が褒めたら肘鉄なんですか!」 「自分に聞け!」 つっけんどんに北条君の手を振りほどく紫ちゃんを見れば、原因はわかりすぎる位にわかる。 同じことを考えていたのだろうかんなちゃんが、独り言めかして呟いた。 「褒め方が巧いわね……」 「見事に紫ちゃん的NGワードを踏んでないもんね。性格かな? 職業柄かな?」 「両方じゃない? どちらにしろ北条君をああも上手くあしらえるなんて……さすがお兄さんね」 「……あーもう! 北条も、皆も散って。仕事仕事! 大地さん、此方へどうぞ」 紫ちゃんがアタシたちを追い散らして、北条君のお兄さんを席に案内しようと先に立つ。その背中に、当のお兄さんが声をかけた。 「あ、待って紫ちゃん」 「何ですか……あっ」 「……ほら、直った。リボン歪んでたよ」 「あ……ありがとうございます……」 なんだか今日は、紫ちゃんがとても可愛い。 おかげで北条君が不機嫌絶頂だ。 「……兄さん」 「何、ヒロ」 「軽々しく紫サンに触らないで」 「別に良いだろう?」 「良くない! 紫サンは僕の!」 「北条……こら、離せ!」 彼女を抱きしめながら北条君は言う。その腕の中でバタバタと暴れる紫ちゃん。それを見ながらクスクスと笑う北条君のお兄さん。 「……あしらうっていうかむしろ……」 「アレは玩具にしてるわね……」 今日は、振り回される北条君、という珍しいものを見ることができた。 アタシとかんなちゃんもクスクス笑い合いながら、二人で裏方へと回った。 |