無愛想キューピッド |
「鷹月〜! 俺と二人三脚出てくれ!」 教室は、体育祭の競技決めで賑わっていた。 そんな騒ぎは我関せずと、ペンを片手に部の方の懸念事項をピックアップしていた私の、机の前に立ちはだかってそう言い放ったのは、小学校からの馴染みの男子、瀬良隆多朗だった。 私はペンにキャップをしてから顔を上げる。人懐っこいいつもの笑顔を浮かべて、彼は手を合わせてきた。 「頼む!」 「……瀬良。頼む相手を間違えてないか?」 私はため息を吐いた。 瀬良が想いを寄せているのは、バスケ部のクラスメート・飯山璃子だ。これは私が本人から聞いたことで、私が璃子と仲が良いことから私の傍にいて接点を増やしたいとは、馬鹿が付くほど正直な彼の告白である。 そして璃子も瀬良の事が気になっている、らしい。これはアリカ情報なのでまあ間違いはないだろう。 ではなぜ告白しないのか。これは男子ならではの理由だった。 璃子はバスケ部員だけあって背が高い。そして瀬良は、彼女よりも背が低いのだ。だから瀬良は、『飯山より背が高くなったら告白するんだ!』と言い張っていたのだが―― 「今このタイミングで、私にペアを頼む必要性がどこにある?」 「だって二人三脚出ろって言われたし! 他の女子と組むの嫌だし!」 「だーかーらー、」 私は髪をクシャッとかき混ぜると、瀬良だけに聞こえるようなボリュームで言った。 「……こんな時に璃子を誘わないでどうする」 「二人三脚だから誘えねーんじゃん、わかれよ! 飯山がデカく見えたら可哀想じゃん!」 成る程。彼の言い分に、私は思わず納得してしまった。 だが『自分が小さく見えるから』ではなく『璃子が大きく見えるから』と、そこまで気遣える瀬良が素直にすごいと思う。 「だから鷹月に頼んでんじゃん。お前彼氏持ちだし安全牌だろ? 飯山に変に思われたくないし……」 瀬良の言葉はまだまだ続く。だが私は今回、他の競技なら兎も角二人三脚だけは絶対に出ないと決めていた。理由は……言うまでもない、 『二人三脚は出ないでくださいね。僕、絶対に嫉妬しちゃいますから』 笑顔でそうのたまった北条の、その笑顔が怖かったからだ。 だが私を頼ってくれている、馴染みの純粋男子の気持ちを無碍にするのも心苦しい。さりとて彼と璃子との恋路を邪魔する気もさらさらない。 さて、どうしようか……。 と。 見下ろしてくる瀬良を見て、私はあることに気がついた。立ち上がり、瀬良の前に立つ。 「瀬良」 「何だよ」 「……お前、背、伸びてないか?」 「お。わかるか?」 嬉しそうに笑う彼の顔は、いつの間にか僅かに見上げないといけなくなっていた。……昔はいつも前から何番目かを競っていたのにな、私は苦笑した。 だがそうなら話は早い。私は声を張り上げて、彼女の名前を呼ぶ。 「璃子!」 「な、なーに紫!」 教室の反対側でアリカたちと話をしながら、こっちをチラチラと窺っていた璃子が即座に反応した。手招きすると、首を傾げながらこっちにやってくる。途端に瀬良が慌てだした。 「ちょっと、こら、鷹月!」 「心配するな瀬良。今のお前の背と、璃子の背は同じくらいだ。見上げる角度が同じくらいだったからな」 え。言葉に詰まる瀬良に私は笑ってやった。 「ちなみに璃子の身長は172センチだ。……自信を持って璃子を誘え、瀬良。私なんかに声をかけて、要らん疑念を抱かせる方が良くないだろう」 躊躇う瀬良の表情が、近寄ってきた璃子と目が合った途端に落ち着いた。二人の目線は同じ高さ。 「飯山……その、良ければ俺と……二人三脚のペア、組んでくれないか?」 「あっあたし!?」 途端にあたふたとしだす璃子。思ってもみない申し出だったのだろう、……瀬良が私のところに来ていたから。 「……紫は?」 「私は出ない。後が怖い」 簡潔に拒否すると、ああ、北条君ね、璃子が納得して頷いた。本当はあまり自分自身をダシにしたくはないのだけれど、今回私は、瀬良と璃子の為に敢えてそういう言い方をした。 「だから璃子。私の分も、頑張ってきてくれ」 「う……ん、わかった。じゃあ……瀬良君、よろしく、ね……?」 「おう。よろしくな!」 二カッと笑う瀬良に、つられて璃子も笑顔になった。 無愛想キューピッド 瀬良が告白まで持っていくか、璃子の気になる気持ちが恋にまで発展するか、それは二人次第だけれど。 上手くいけばいいな、幸せそうに寄り添う二人の姿を想像して、私は微笑んだ。 |