鷹月さん家の家庭の事情 |
「いらっしゃ……」 バタン。紫サンは開いた扉を速攻で閉めた。 不審に思った僕は訊ねる。 「どうして閉めるんですか? お客さんでしょう?」 「……開けてみろ」 彼女に促され、首を傾げながら開けた扉の先にいたのは―― 「よお。久しぶり」 ――バタン。僕も速攻で扉を閉めた。 鷹月さん家の 家庭の事情 「二人して閉めんなよな。オレ客だぞ? ……ほらチケット」 チケットを確認した僕はものすごい嫌そうな顔をした。反対にニコニコ……ではなくニヤニヤと笑いながら、案内されるよりも早く『Reserved』と置いてある窓際の席に着いたのは、一学期に教育実習に来ていた小鳥遊陽(先生)だ。何故(先生)なのかは……推して知るべし。 僕は机の上のプレートを指差した。 「そこ、予約席なんですけど」 「知ってる。紫が真雪の為に確保してる席だってのもな」 「……何で知ってるのか、詳しくは聞かないことにします。で、そこで何をするつもりなんですか?」 「知れたこと。ここで真雪を待つのさ」 「店内でのストーカー行為は禁止させて頂いております、だ!」 「あ。紫ー、砂糖とミルクはたっぷり用意してくれよなー」 噛みつく紫サンも意に関せず。小鳥遊先生は、本棚から文芸部紙の最新刊を手に取ってめくり始めた。その上から僕は本を引っこ抜く。本を追って頭上を見上げた小鳥遊先生が、目を細めて僕を見た。 「……何すんだよ」 僕は臆せずににっこりと笑う。 「良いこと思いついちゃいました。乗りませんか、センセイ?」 「何?」 「あのですね……」 「きゃーん! お久しぶりです、小鳥遊先生!」 「おー。久しぶりだなー」 「カッコいい〜! その姿素敵〜!」 「そっか。ありがとなー」 「文芸部の応援ですか?」 「ああ、まあそんなもんだな」 またぞろ上がった女子生徒の黄色い声に、とっときの席で本を読んでいた真雪サンの手が止まる。果たしてこれで何度目だろうか。 小鳥遊(先生)は、生徒を適当にあしらいながら、チラチラと真雪サンの様子を窺っている。時折目が合っては真雪サンに逸らされていて、その都度コッソリひとりで悄げている。ピュアな二人だなあ。 僕はさりげなく、ティーポットを持って真雪サンに近づいた。 「真雪サン。おかわりいります?」 「ありがとう、大海君…… ちょっとだけ笑った真雪は、気づかないうちに小鳥遊先生を目で追っている。そしてため息を吐くのを見て、僕は笑った。 「小鳥遊先生、似合うと思いません?」 「……どうして小鳥遊君が大海君とおんなじ格好してるの?」 そう。小鳥遊先生は今、僕と同じような書生姿をしている。白シャツに着物、袴に下駄。ちょっと真雪サンに見せてあげようと思っただけなのに――勝手に悪目立ちしている。 でもまあ、おかげで真雪サンが先生のことを余計に意識しているようなので結果オーライ。 「人手が足りないんで、駆り出させてもらいました。ほら、紫サンだって忙しすぎて、せっかく真雪サン来てるのに顔出せないし。ごめんなさいね」 「そう」 真雪サンは言ってまた本を開いた。でもちっとも本を読んでない。目はずっと、本の向こう側の小鳥遊先生を追っている。そしてそれに気づいていない。 ……あ。先生が女の子に抱きつかれた。 「熱っ……」 「真雪っ!?」 カチャン、陶器がぶつかる音と一緒に上がった小さな悲鳴に、小鳥遊先生が顔色を変えた。自分に抱きついていた女の子を引き剥がし、真雪サンに駆け寄る。左手で右手を押さえる彼女を見て、すぐさま僕に向き直る。 「北条!」 「はい」 僕はすぐに冷たいおしぼりを差し出した。先生はそれを広げて真雪サンの右手に乗せる。真雪サンの表情が和らぐのを見て、先生の厳しい顔に安堵の色が浮かんだ。 「真雪大丈夫か?」 「ありがとう、大海君」 「……おい真雪。オレには?」 「タオル、助かったわ」 「真雪ってば!」 先生の顔を見ようとしない真雪サンと。 そのことにムキになる先生と。 殊更に無視をするのも、 殊更に機嫌が悪いのも、 ――ヤキモチだって気づかないんなら、先は長いですよ。センセイ? 僕はクスリと笑って、さり気なく二人の傍から離れた。 |