思考と志向と嗜好









自分の家系はこれはまた絵にでも描かれたような代々医師職であった。父親も祖父も、また祖父の父親も。
当然息子が二人もいるのだから、進路の行方は暗黙の了解の内にレールが敷かれているのである。

成久はそれを当然のように、寧ろ成久自身から興味を示すようになった。
そんな成久に両親が歓喜の声を上げるのは言うまでもない。





そんな話題になる夕食は全て砂の味がした。
無理矢理咀嚼してお茶で飲み込んでやる。喉が何度受け入れを拒否したか解らない。
ただ、俺はそれを誰にも気が付かれないようにしなければならなかった。

「成久は循環器に興味があるのか。父さんのいる外科はどうだ?」
「外科医も魅力的だけど、一日何度も循環する血管や止まることなく動いてくれる心臓に興味があるんだよね。」

カチャ。成久のスプーンの置く音がした。成久が口を開く。
これは俺への当て付けか、天然か。どちらでもきっと俺は腹を立てたことに間違いはないだろう。

「トモは?何科志望なの?」

笑顔で問う自分と同じ顔の成久を引っ掻いてやりたくなった。
手にしていた熱い珈琲をぶちまけてやりたくなった。





お前はいい。
期待をされているから。

お前はいい。
期待に応えられるから。





「……俺は……医学部には行くつもりは……微塵もないから……。」

夕食の場の空気が凍るのを感じた。
今日は母親自慢らしい熱々のビーフシチューだと言うのに。

カシャーン、何かが床へと落ちる。机の上に倒れる。

「……智……久。」

ああ、父親の声が低く唸りを上げている。絶対に相手を逃がせまいとする重低音。

「……お前はいつもそうだ。いつまで逸脱をすれば気が済むんだ。」

一体何度だろうね。俺も知らないよ。
もはや俺はもう慣れていた。この声に、俺への対応に、どうせ期待なんて端からしていないことに。

「……何を言われようが、俺の意思は変わらない。俺はナルじゃない……。」

それだけ言うと俺は誰の顔も合わせずにリビングから抜け出すと、そのままゆっくり家を出た。

「トモくん、サイテーッ!!」
「智久、戻りなさい!お父さんに謝りなさい!」

千晶と母親の叫び声が窓の向こうから響いて来る。
クジラ山が夜の中、真っ黒い塊として浮かび上がり、でまるで大きな岩のようだ。

空は低い雲がギリギリまで落ちてきている。そこまで俺を押し潰したいか。





ポツポツ歩きながら、クジラ山を見上げた。
俺はナルの影にしかなってはいけないのか。
結局は、俺の存在は家族に害を与えるのか。





ならば……。





もう彼等に、他人に期待なんてしない。
だから逆に期待に応えない。
それでいい、それがいい。





何かが頬を伝ったのは飛んでいた蝙蝠しか知らない。





思考と志向と嗜好

(アンタらがコントロール出来るのなら、勝手にしてみればいい。)
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