![]() | わからないアイツ、わからない俺 |
珍しく、吉野が自分から部活に出た。 いつも部活に連行するのは俺の役目なので、素直に顔を出されると調子が狂う。 明日雨でも降るかもな。なんて考えてたら―― その日のうちに別のモノが狂った。 「あははー。良くあるんだよねこーいうの」 吉野はいとも脳天気に笑った。 そんな場合じゃないだろと心の中で毒づく。声に出さないのは人目を引きたくないからだ。声を出したら、……絶対に怒鳴る自信がある。 部活が長引いたので、(仕方がないから)駅まで吉野を送っていったら、 ――電車が運休していた。 コイツを駅に放り込んでお役御免の筈だったのに。 この宇宙人がらしくないことをしたから電車がトラブったんだ。きっとそうだ。そうに違いない。 予定もダイヤも狂いまくり。俺は盛大なため息をついた。 帰宅ラッシュに運休が重なって、駅前は人でごった返している。 電話をかけながら小走りに歩いてきたサラリーマンが吉野にぶつかった。よろめくと言うよりむしろ吹っ飛びかけたその手を俺は掴まえた。 「あ……っぶな……あのオヤジ!」 謝意も示さず立ち去る中年男はすぐに人混みに紛れて消えた。 ざわめきの中、校内から切れ切れのアナウンスが聞こえてくる。どうやら運転再開の見通しは立たないらしい。ここにいてもどうにもならないと判断し、俺たちはそのまま駅前を離れた。 とりあえず自転車を停めておいた場所まで戻ってきた。ここまでくると人は少ない。ようやく一息つけた気がした。……人混みは正直苦手だ。 「で? どうするんだ、お前」 帰る足を失った吉野に問うてみたものの、返事は返ってこなかった。訝しんで振り返ると、……ものすごいしまりのない顔をした宇宙人がそこにいた。 「……気色悪っ」 俺の悪態もなんのその、吉野は顔と同じくらいしまりのない声で答えた。 「だってぇ〜、下野君が手引っ張ってくれてるからぁ〜」 ……手? 言われて初めて、吉野の手を掴んだままだったことに気が付いた。 放り投げる勢いで手を離す。吉野が至極残念そうに言った。 「あーあ……」 「あーあ、じゃない。質問に答えないなら即刻帰るぞ」 問題は質問を聞いていたかどうかだが、それは杞憂に終わった。吉野は首を傾げながら、それでもちゃんと答える。 「んー、お兄ちゃんたちに連絡してみる。迎えがムリっぽかったら走って帰るよ」 あまりにもサラリと言われたので聞き流しかけた。 「……走って?」 「うん、走って」 「どのくらいあんの?」 「2駅だから近いもんだよー」 それでもここから5キロ以上はあるじゃないか。 冗談で言っているのかと思ったが、吉野はごく真面目に言っているらしい。……全力でバカだコイツ。 そうだ。コイツはいつだって全力なんだ。何事にも全力。 さっき離した手の感触を思い出す。小さくて華奢。俺とは違う手。こんな小さな体のどこから、こんなパワーが出てくるんだろう。さっぱりわからない。 気が付くと、俺は無意識に口走っていた。 「……吉野」 「なぁに?」 「乗ってけ。送ってやる」 「…………え?」 珍しく、吉野が素で驚いた顔をしている。俺は手早く自転車のロックを外すと、荷物をカゴに放り込んだ。 「乗らないなら置いてくぞ」 「まっ待って下野君!」 吉野が慌てて鞄を斜め掛けにして自転車の後部に跨った。荷台がないので立ち乗りになる。肩に吉野の手が置かれた。小さな手がキュッと俺の肩を掴む。 コイツは訳わかんない宇宙人なのに。 おかしいよな。俺の方がわからない。 ……俺の気持ちが、わからない。 俺は胸のもやもやを吹き飛ばすように、自転車のペダルを思い切り踏み込んだ。 |