とある大雨の日の景色



 


 部活を終えて外に出ると、雨が降っていた。
 珍しく弓道部に顔を出していた吉野が、俺の隣に立ってぼやく。

「ひゃー。結構降ってんねー」

 俺は眉をしかめた。

「今日は午後から降水確率60%と言っていただろう。ニュースは見なかったのか?」
「占いコーナーは欠かさずに見てるよ!」
「……お前に期待した俺が馬鹿だった」









 さーて。無意味な気合いを入れ、おもむろに鞄を肩にかけ直す吉野を見て俺は嫌な予感がした。
 そのまま雨の中に突っ込んでいこうとする、彼女の襟首を掴んで軒下に引き戻す。



「……ちょっと待て」
「ぐえっ。絞まる絞まる、絞まるって下野くん!」
「お前は一体何をしようとしている?」
「え? 駅までダッシュしようかと」



 ………………。
 俺は眉をしかめた。



「……何の為に?」
「だって傘がないんだもん。走るしかないでしょ? 待ってたって止みそうにないし」
「駅までどの位あると思ってんだ」
「ダッシュで五分!」



 ……どう考えても濡れ鼠になるだろうが。



「迎えに来てもらうとか……」
「みんな忙しいんだもん。迷惑かけられないよ」



 ……俺に気苦労をかけるのは、迷惑のうちに入らないのか。



「風邪引くぞ」
「ダイジョーブダイジョーブ。ほら、ナントカは風邪引かないって言うじゃん。あたしそのナントカだからさ」



 ……夏風邪は馬鹿が引くって言うんだがな。



「だからえーと……放して?」



 俺は盛大なため息を吐いて、吉野の襟首を放した。

 コイツはどうあっても俺の言うことを聞かないらしい。
 どれだけ面倒臭いヤツなんだ。もうほっとけばいいだろ。関わっても疲れるだけだし。イライラするだけだし。時間の無駄だし。
 なのに――

 ――それなのに俺は、どうしてコイツをほっとけないんだ。






「……ほら」
「え?」
「使え」

 俺は自分の傘を吉野に押しつけた。そして降りしきる雨の中に飛び出した。



 自分だってわからないんだ。
 何でこんなことしてるのか。



 バシャバシャ。水たまりを蹴散らしながら俺は走った。すぐに雨滴が頭を服を濡らし、跳ね上がる飛沫がズボンの裾を濡らす。
 ……ああ、びしょ濡れだ。何で俺が濡れなきゃいけないんだ。

 後方でバシャバシャという足音が聞こえた。俺みたいに訳わからん理由で駆けてる奴はいないだろうな、自嘲しながら何気なく俺は振り返った。






 ……そして、唖然とした。






「どうしてお前は俺を追ってくるんだ!」
「だって下野くん濡れちゃうよ!」
「お前だって濡れるだろうが! 何で傘を差さないんだ!?」
「だって傘差したら走れないじゃん!」
「ああもう!」



 俺は足を止めると、追いついた吉野を近くの屋根の下に引っ張り込んだ。肩で息をする彼女に、八つ当たり気味の拳骨を落とす。

「いったーい!」
「どうしてお前は人の厚意を無碍にするんだ!」
「だってあたしが悪いのに、下野くんに迷惑かけるわけにいかないじゃん!」
「俺がいいって言ってるんだ! たまには俺の言うことを聞け!」



 そうガツンと言ってやると、さすがに吉野は黙り込んだ。
 しまった言い過ぎたか、そう思って俯く吉野の顔をのぞき込むと――






「……なんだそのしまりのない顔は」
「えー? あたし愛されてるなあって、しみじみ噛みしめてたとこ」
「いつどこでどう転んだらそういう話になる!」



 ――二度目の拳骨は、過たず能天気女の脳天を直撃した。


 
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