とある通り雨の景色



 


「いきなり降ったな!」
「ですね!」

 叫ぶような声を出さないと、お互いの声も聞こえないくらいの、本当にいきなりの大雨。
 当然、頭からつま先までずぶ濡れだ。せめて家まで……と言う考えは早々に捨てて、彼女と二人、手近な軒を借りて雨宿りすることにした。






「あーあ。鞄がびしょ濡れだ。中身大丈夫かな……」

 鞄の中身を心配する紫サンもまた、鞄と同じくらいびしょびしょに濡れている。濡れて肌に張りついた制服から、肌色が透けて見えるのがなまめかしい。僕は視線を逸らしかけて――ぎょっとした。
 慌てて自分のシャツを脱いで、ぎゅっと絞る。いくらか水気が飛んだそれをバサッと振って皺を伸ばし、そして頭から彼女に被せた。



「……何!?」
「紫サン……透けてます」



 いくら彼女が飾り気のないシンプルな下着を好んでいるとしても。
 それが端から見て判ってしまうのは、問題だと思う。
 それなのに彼女は、シャツを剥ぎ取って僕に突き返すのだ。



「お前が風邪をひくだろう。ちゃんと着てろ」
「僕はまだTシャツ着てるから問題ありません」
「私は大丈夫だ。そもそもこんな色気のない下着を見て喜ぶ奴なんていないだろう」



 僕はシャツを受け取って、それから大きな大きなため息を吐いた。……ホントに全くもう、この人は。



「僕が! 他の男に! 見せたくないんです!」

 そう言って僕はもう一度、彼女の頭からシャツを被せた。すると彼女はキョトンとして、……それから言葉の意味を理解したらしく真っ赤になった。

「……あ……そう……」
「そうです! だから着ててください!」

 今度は反論の言葉はなかった。






 ざあざあ。雨はまだ止む気配を見せない。
 紫サンはおとなしくシャツを頭から被ったまま、喧しい雨を眺めている。僕も彼女の隣に立ってみたけど、視界を遮る程の大雨に辟易した。ちっとも面白くない。
 ちらりと視線を横に向ける。僕のシャツは、紫サンの上半身をすっぽりと包み込んでしまうほど大きいので、全然彼女が見えなくてつまらない。つまらないので――しゃがんで彼女を見上げた。
 濡れた前髪から零れた雫が顔を伝う。それを鬱陶しそうに手のひらで拭って、それから彼女はまた雨を眺めている。かと思えば耳をすませるような素振り。……雨の音しか聞こえないと思うんだけど。

「……何をしてるんですか?」
「ん? 雷が鳴りそうだなって」
「雷、ですか」



 言った途端に、雨雲を切り裂く稲光が空を走った。そしてお腹に響く、轟く雷鳴。

「うわ……結構近くなかったですか?」
「だな」

 紫サンは全く動じた様子もなく暗い空を見ている。

「……でもやっぱり驚かないんですね」
「ただの光と音だろう。原理も判ってる。間近に落ちればさすがにビックリするだろうが、それでキャーキャー言うようなヤワな神経はしてないよ」
「そうですね……つまらないです」

 僕の言葉は再びの轟音に掻き消されて、彼女には届かなかった。
 彼女に一般的な女性らしさは欠如している。それは解っているのだけれど、毎回ちょっとは期待してしまう。少しくらい怖がってくれたらいいのに。






 やがて雷鳴が遠ざかり、降り出した時と同じくらい唐突に雨は止んだ。掃いたみたいに黒い雲が切れて、そこから差し込んでくる日の光が空を青色に変えていく。眩しすぎるな、目を細めた紫サンが天を見上げ――そして指を差した。

「北条……虹だ……」



 僕は彼女の指す方を見た。今までに見たことのないくらい、大きくてはっきりした虹。
 あまりにも綺麗で、思わず息を飲んだ。
 言葉もないまま、じっと二人で虹を見つめる。
 やがて紫サンがポツリと呟いた。



「降られた時は災難だと思ったけど、こんな綺麗な虹が見られたんだ、良しとするかな」



 ――微笑む彼女の顔が、
 虹と同じくらいキラキラしていると思ったのは、
 惚れた欲目だけでは、きっとないと思う。









(じゃあ雨も止んだことだし、僕の家まで急ぎましょうか)
(ええ!? どうして!)
(その格好で帰す訳にはいきません。ちゃんと服と頭を乾かしてから帰ってください。でないと……)
(……何だよ)
(僕が我慢できなくなります)
(…………わかったよ……)


 
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