絶対的支配者彼氏



 


 今日、八月十四日は、あたし・吉野なのの誕生日。
 お兄ちゃんお姉ちゃんが誕生パーティーを催してくれるというので、あたしは喜び勇んで彼氏(はぁと)のひーくんを連れてきた。

 ……ら、お兄ちゃんたちに睨まれた。



「どうして下野聖が此処にいる?」
「あたしが呼んだの」
「なの姫……今日は『家族だけの』内輪のパーティーだって言わなかったっけ……?」
「えー。ひーくんはいいの!」
「その理由は?」
「ひーくんはそのうち家族になるんだから! だからいいの!」



 総じてショックを受けているお兄ちゃんたちをまるっと無視して、あたしは居心地悪そうなひーくんを引っ張って席に着かせた。

「吉野……俺やっぱり帰った方が……」
「いいの! あっくんだって来てるんだから!」
「……あっくん?」
「翠お姉ちゃんの旦那様」
「そーよ。いいじゃないみんな、未来の弟を大事にしてあげなきゃ!」
「だよねー! 翠お姉ちゃん大好きー!」

 翠お姉ちゃんだけがあたしの味方をしてくれる。やっぱり女兄弟がいるっていいなあ。あたしは翠お姉ちゃんに抱きついた。






 パティシエの蒼お兄ちゃん力作の特大ケーキのロウソクを吹き消して。
 みんなが用意してくれた豪華な料理を、和気あいあいと談笑しながら堪能し。
 あたしはウキウキ気分でジュースを飲んでいた。お腹いっぱいになっていたけど、ケーキはまた別腹! 早くケーキが食べたいけれど、気がついたら兄弟たちの姿がない。……あれみんなどこに行ったんだろ?



・・・・・・・・・・



   ―同時刻、吉野家別部屋―

「翠……お前何を……!」
「あらちょっと彼をなのちゃんと二人っきりにしてあげようと思って〜」
「あっくんのSPまで動員するなんて本気だね〜、お姉様?」
「だって奏くんは手強いんだもん。目には目を、探偵にはSPを!」
「意味解りませんよ姉さん……」
「うふふ。じゃここでみんなで、二人の様子をあたたかく見守りましょうか」
「……翠……火に油を注いでないか?」
「あっくん? 何が?」



・・・・・・・・・・



 キョロキョロと辺りを見渡していたら、いつの間にかあたしの傍らにひーくんが立っていた。

「吉野……さっきの、本気にしていいのか?」
「さっきの?」
「家族になるっていうの」

 ひーくんの口からそんなことを言われてあたしは赤面した。何も考えずにさらっと言ってしまったけれど、逆プロポーズまがいの台詞だったよね、今思い返したら。
 でも――



「……うん。もちろんだよ。だってひーくんは、あたしの一番だもん」
「そうか」



 ひーくんがあたしを見つめる。その瞳はどこまでも甘い。甘くて、熱くて、あたしが溶けてしまいそうなくらい。

「えっと……ひーくん?」

 どうしたんだろう。近い。あり得ないくらいに距離が近い。それが抱きしめられているからだと気づいたのは、彼のぬくもりを、彼の鼓動を、彼の吐息を、あたしの全身で体感したから。
 ――って――ぇえ!?



「ちょっ……ひーくん、何?」
「何って何だ?」
「嬉しいけど……嬉しいんだけど……なんで今日はこんなに積極的なのぉ?」
「嬉しいんならいいだろう」

 抱きしめられる腕に力が入る。逃がすものかとばかりに。嬉しいけど困っちゃう、だけどやっぱり嬉しい。あたしの頭の中はもうパニックだ。
 ガサッと、紙が潰れるような音がした。その音で我に返ったらしいひーくんは、あたしを放すと手にした紙に寄った皺を几帳面に伸ばしてから、それをあたしに差し出した。



「そうだ。これにサインしろ」



 それを見たあたしは目を見張る。コレって――






「吉野……俺と結婚しろ」



 ――ドキドキ、ドキドキ。心臓が煩い。
 ひーくんのプロポーズはどこまでも偉そうだ。
 でもそんな強引さが、もう堪らない。
 実は夢です、なんて残念なオチじゃないだろうか。ほっぺたを抓ってみたけど、確かに痛い。夢じゃない。夢じゃない……!

 あたしはひーくんが差し出した紙を受け取った。『婚姻届け』と書かれた紙に、ひーくんの墨痕鮮やかなフルネーム。そして拇印。



 …………ん?

 そこであたしは様々な違和感に気がついた。



(婚姻届って……ドラマなんかで見たことあるけど、こんなじゃなかった気がする……。しかも婚姻届『け』って。『け』要らなくない? あとひーくんのこの拇印……血判に見えるのはあたしだけ!? むしろ血痕届けっ!?)



「さあ早くコレにサインしろ」



 ひーくんはどこまでも偉そうで。
 どこまでも俺様でどこまでも素敵でカッコいい。

 そんなひーくんに推されるように、あたしはひーくんの名前の横にフルネームを書き込んだ。それを見遣ったひーくんが、満足そうな笑顔を浮かべて『婚姻届け』を折り畳み、シャツの胸ポケットに仕舞う。

「これでお前は名実ともに俺のモノだな」



 ……何その無駄に格好良すぎる台詞!?

 ときめいている間に、ひーくんの鋭い眼差しがあたしを捉えた。逃げられない、思う間もなく唇が重なって、深い深いキスをされる。
 ――ほのかに、お酒の味がした。






(……って違和感の原因はコレか! 酔ってたんじゃないのよひーくん!?)

 そんな思いもキスに押し流されて。
 コレは誓いのキスな。キスの合間に囁いたひーくんの声が、あたしの全てを支配した。






絶対的支配者彼氏



「あんのクソガキ……!」
「俺の、俺のなの姫が汚された……!」
「兄さんのじゃないでしょう。最も、下野聖にも渡したくはありませんがね」
「みんな、ギスギスしないの。なのちゃんはずっと一途に彼の事を想ってきたんでしょう? 邪魔しちゃ駄目よ」
「しかし翠! アイツがなのに相応しくなかったらどうするんだ!?」
「なのちゃんが選んだ相手にイチャモンつけないの。……まあ万が一そんな事があったら、あたしが自ら手を下すから心配しないで」
「み……翠様降臨……」



 なのそっくりな顔で悪魔の笑顔に空気が凍り付いたのは言うまでもない。



……延長戦へ 

 
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