効果的対処法 |
いつものように彼女を抱きしめて。 僕は違和感に気がついた。 「……紫サン……なんか前より痩せてませんか?」 夏休みも後半戦に差し掛かり。 久しぶりのデートで、久しぶりに彼女を抱きしめて、感じたのがそれ。 素直な感想を口にしたら、紫サンにわき腹を殴られた。 「お前は……何を考えて人を抱きしめているんだ!」 怒っている紫サンは、だけど視線を逸らしている。自分に非があると自分でわかっているときは、彼女は目を合わそうとしないのだ。 だから僕は彼女を離さないまま問い詰めた。 「だって前と違うんですもん! 前はもっとこう、抱き心地が良かった! 痩せたでしょう、紫サン!? ちゃんと食べてますか?」 「……ちょっと夏バテして食欲が落ちてるだけだ」 紫サンの声のトーンが落ちる。僕は眉をしかめた。ただでさえ食の細い彼女なのに、さらに食欲が落ちたら―― 「……紫サン」 「何?」 「ご飯食べに行きましょう」 「嫌だ。食べたくない」 そっぽを向いた紫サンは、頑として頷く気配がない。食べなきゃ元気になれないし、元気にならなきゃ食べられないから、結局悪循環なだけなんだよな。わかってはいるんだけど受けつけない、というところだろうか。 それでも心配だ。何とかして食べてくれないだろうか――そう考えた僕は、ふと妙案を思いついた。 「わかりました。じゃあ僕が作りますから、食べられるだけ食べてください」 腕の中の紫サンが目を見開いた。 「お前……料理、出来るのか?」 「簡単なものならね。うち、男所帯なんで、父さんや兄さんが忙しい時は、僕が作ったりしますから。……何がいいですか?」 問いかけに対する答えはもらえなかった。それでも戸惑う彼女の気が変わらないうちにと、僕は台所に入って食材を漁りだした。 卵にチーズに野菜、鶏肉。それからご飯。焼飯にしたいところだけれど、濃すぎる気がしたので却下。 ひと手間かけてオムライスにしよう。そう決めて玉ねぎを刻みだした僕の隣に、恐る恐る、といった具合に紫サンが近寄ってきた。 「本当に、手慣れてるな……」 「必要にかられて、って感じですかね。だって忙しかったら誰も作ってくれないんですもん。レパートリーは少ないですし、紫サンみたいにお菓子までは作らないですけど」 「あり合わせで料理が作れるなら十分だろう。……手伝おうか?」 そう言われて僕は考える。このままじっと見られてるのもちょっと緊張するけど…… 「匂いとか、大丈夫ですか?」 「ああ」 「じゃあ、玉ねぎ切っちゃいますから、ニンニクと一緒に炒めててください」 「わかった」 油をあたためたフライパンに、刻んだニンニクと玉ねぎを放り込む。続いてシメジの石づきを落として裂いていく僕の隣で、紫サンが玉ねぎを炒めてくれている。 「なんか、こういうのもいいですね」 「新鮮と言えば新鮮だな」 フライパンから目を離さずに微笑む紫サンの、その横顔にドキッとする。 この時を楽しんでくれている。そのことを嬉しく思いながら、僕は包丁を動かす合間に、チラチラと彼女を盗み見た。 手早くチキンライスを作り、小さなフライパンに溶き卵を流し込んだ。上手く包む技術はないので、半熟になったところで、チーズを乗せたチキンライスの上に卵を滑らせながら乗っけた。 感心しながら見つめていた紫サンが、私もやる、とフライパンの前を陣取った。卵を割りほぐす手つきも、フライパンに流した卵液を手早くかき混ぜその上にチキンライスを乗せて包んでいく手つきも、やっぱり自分とは比べものにならない。 「やっぱり上手ですねー」 「そうでもないが、慣れだな。卵料理はスピード勝負だから」 「それは思いますね。じゃ、熱々のうちに頂きましょうか」 僕が作った小さなオムライスを紫サンの前に、紫サンが作ってくれた綺麗な形のオムライスを僕の前に並べる。冷蔵庫からケチャップを出しながら、僕は悪戯っぽく問いかけた。 「ケチャップで文字とか、書いてくれないんですか?」 「そういうメイドカフェ的サービスはやってません」 にべなく断った紫サンは、ケチャップを奪って自分のオムライスにかけてしまった。……紫サンのにはハートマークとか描いてあげようと思ったのに。仕方ないので僕は自分のオムライスに普通にケチャップをかけた。 「頂きます」 行儀良く手を合わせてから、紫サンは卵を掬って口に入れた。 「……美味しい、な」 「良かった。食べられるだけでいいんで、食べてくださいね」 「うん……」 ひと匙、またひと匙。ちゃんと食べてくれている姿を見たら安心する。 僕もオムライスに匙を入れた。紫サン謹製のオムライスは、見事な半熟具合でとても美味しい。 「今度、卵で上手く包むコツを教えてもらえませんか?」 「構わないが、たくさん食べるならお前のやり方の方がいい気がするぞ? 中身は乗せすぎないのが重要だから」 「包みすぎるから破れちゃうってことですか?」 「それはあるかもな」 話も弾み、食事も進む。僕の作ったオムライスを、紫サンは半分以上食べてくれた。残りを受け取って食べていたら、改まった顔の紫サンにお礼を言われてしまった。 「ありがとう。久しぶりにマトモに食べられた気がするよ」 「大丈夫ですか? お腹がビックリしてませんか?」 「うん、実はちょっと……」 「片づけは僕がしますから。ゆっくりしててください。ね?」 後片づけを済ませて戻ってきたら、ダイニングテーブルに突っ伏して眠ってしまっている紫サンを見つけた。 食べていないのだから、体力も落ちているんだろう。頬に触れても、起きる気配がない。 僕は彼女をそっと抱き上げた。やっぱりちょっと、軽くなっている気がする。ちょっとずつ回復していってくれたらいいな、そう思いながら僕は、紫サンを横にならせるべく、自分の部屋へと向かった。 |