出高ドッペルゲンガーズ |
「ゆか姉」 「何だ」 「オレがセーラー服着て歩いてるって噂になってんだけど」 「奇遇だな。私も私が学ランを着て歩いてると聞いている」 「……ゆか姉。頼むからもうちょっと顔変えてくんない?」 「無茶を言うな。お前がもっと大きくなればいい話だろう」 「…………大きくなったらなったで怒るじゃんか、ゆか姉」 「当たり前だ。一純の分際で私を見下ろすなんて赦さない」 「………………ゆか姉……『矛盾』って日本語知ってる?」 「そういう台詞は私より現国の成績が良くなってから言え」 「……………………良いけどね、もう……」 なのっちレーダーがビビビッと反応を示す。捉えたのはなののヒーロー・紫センパイの気配。……ってアレ? 「紫センパイ……学ラン着てる。何で?」 学ランに合わせてか、髪の毛も短めアレンジ。素敵素敵。ヒーロー度十割増。 あたしは迷わず紫センパイの胸の中に飛び込んだ。 「うわっ!?」 「センパァイ! どしたんですか何時もよりオトコマエ度が格段アップですよそのカッコ!」 すりすりナデナデ、紫センパイを触り回す。……ってアレ? 「よ〜し〜の〜!」 べりっ。固まったあたしを引き剥がしたのは、言うまでもなくひーくんだった。 「無闇やたらと女に抱きつく性癖があるのは知ってたが……まさか男でもいいとは! 恥じらいを知れ!」 上から怒声が降ってきて、あたしはひーくんとセンパイを見比べた。気づいたひーくんも怪訝そうな顔になる。 「あれ……鷹月先輩でしたか。そんな格好してらっしゃるから、てっきり男かと」 「いや男だけど」 ……オトコ? あたしとひーくんはそろって目を点にした。 「鷹月先輩……じゃないのか?」 「いや絶対紫センパイでしょ?」 「違うって。何あんたたち、ゆか姉の知り合い?」 「ゆか姉……?」 「オレは1−Dの鷹月一純。鷹月紫はオレの姉だよ」 ……………………。 言葉が脳内に染み込むまで暫し。 「……いや紫センパイだよね?」 「だから違うって」 「だっておんなじ顔じゃん!」 「顔一緒でも中身は違うから。何なら脱いで証明してみせようか?」 「うん! 見せて見せて!」 「吉野! 食いつくな!」 ひーくんの本気ゲンコツが降ってきて、あたしの目から星が飛んだ。 「いったーい!」 「だからお前は本能のままに生きるな!」 「あっれ、イズミ君」 そこに良く知る別の声が割って入った。背の高い姿を見たイズミくん?が良く知る笑顔になる。 ほら、やっぱり紫センパイじゃん。思ったあたしの耳に、ヒロ兄、と言う呼び声が聞こえた。……アレ? ゆったりとした歩みでこっちに近づく北条くんは、すぐにあたしたちのところにたどり着いた。どんだけデカいコンパスなの。 「下野も吉野も、廊下のど真ん中で何してるの? ……ああ、ひょっとしてイズミ君と紫サンを間違えた? そっくりでしょ」 「間違えられて抱きつかれたよ。誰、コレ?」 イズミくん?があたしを差して言う。やっぱり紫センパイにしか見えない。 「彼女は2−Cの吉野なの。文芸部で紫サンの後輩だよ。ちょっと妄想癖があって暴走しがちなだけだから、赦してやって」 「別に気にしてないからいいよ。いつものことだし……えーと、吉野センパイ?」 ……はうっ。ヤバいマジ萌えスイッチ入る! 「なのっちって呼んで! 紫センパイと同じ顔に吉野センパイって呼ばれたら……萌えちゃうから、色んな意味で!」 ああっ! 戸惑い顔のイズミくんに激萌え! 「ねえイズミくん。セーラー服着る気ない? そんで紫センパイと、あたしをサンドイッチして! 前も後ろも紫センパイ……ヤバい興奮する!!」 「吉野!」 「はーい。イズミ君、この危険人物に近寄らないでね? 危ないから」 気がついたらひーくんに襟首掴まれて、イズミくんは北条くんに遠ざけられていた。あん、あたしの紫センパイ……じゃなかったイズミくんが遠い! 「お前はヘンタイか!」 「ヘンタイじゃないもん! 紫センパイが大好きでたまらないだけだもん!」 「……僕の前でよくそんな口がきけるね吉野。紫サンは僕のだって、何回言ったらわかるかなあ?」 「あたしの愛は北条くんにも負けないんだから!」 「……プッ……アハハハ!」 いきなり起こった笑い声に、あたしも、ひーくんも北条くんもキョトンとした。笑い出したのはイズミくん。おかしくてたまらないといった風に笑い転げている。 「ああ、おかしい。ゆか姉のどこがそんなにいいのかわかんないけど、好かれたもんだね、ゆか姉も」 「えっと……イズミくん?」 「言っとくけどゆか姉は、意地悪だしワガママだし人の言うこと聞かないし頑固だし、正直面倒くさくて仕方ない人なんだよね。そんなんでも好きって言ってもらえるんだから、本当に幸せ者だよ」 ねえヒロ兄? イズミくんが話を振った北条くんは、困ったように照れている。……なんだか珍しいモノを見た気がする。 そしてイズミくんは改めてあたしを見て、頭を下げた。 「面倒くさい姉だけど、ゆか姉をよろしくお願いします。なのっち先輩」 なのっち先輩…… なのっち先輩………… なのっち先輩………………!?!? 「任せてもうなんだってよろしくしちゃう!」 「だからお前はっ!」 「イズミくん……吉野にそんなの言っちゃ駄目だから」 「え? 駄目だったの? そう言ってって言ったから……」 「……近づかない方が身のためだよ」 「北条くんヒドい!」 「アハハ! やっぱりおかしいの!」 結局、イズミくんを交えた賑やかな言い争いは、ホンモノの紫センパイが通りすがるまで延々と続いた。 そして、やかまし過ぎるとそろってお説教を食らったんだけど…… 紫センパイが紫センパイにお叱りを受ける姿を見てあたしが内心萌えまくりだったのは、絶対に、ぜーったいに、内緒! |