特別な普通のchocolate



 


「わー。もうこんな時期なんですねー」

 なのちゃんが目をキラキラさせながら、特設コーナーのショーケースを覗き込んだ。
 赤やピンクを中心にした色とりどりのギフトボックス。中身はシンプルなものからひとつひとつ凝ったものまでよりどりみどり。

「ホント、早いよね」

 アタシは山積みにされたラッピング済みのボックスたちを眺めやる。――きっと、この箱ひとつひとつに物語が生まれるんだろう。とるに足らないものから人生が変わるようなものまで。
 あ。今なんかひらめいたかも。
 頭の中で話の種が芽吹きかけたその時――



「今年は志乃センパイもあげるんですよね?」

 当たり前のように言われた言葉に、思考がぐちゃぐちゃにかき乱された。
 おかげでひらめきは霧散し、種は芽吹く前に踏みつぶされた。もちろんなのちゃんに悪気はない。そこに種があったことを知らなかっただけ。
 それでもアタシの返答は、ワントーン低くなった。

「毎年アタシはあげてるけど。かんなちゃんや紫ちゃんとか家族とか」
「あたしも志乃センパイから欲しいですー……けどそうじゃなくって!」

 じゃあ何?
 いぶかしげな顔をしたアタシに、なのちゃんは笑顔で言い放った。

「本命チョコです!」






特別な普通のchocolate




 本命チョコ? アタシは首を傾げた。
 そんなものはアタシの辞書にはない。アタシにとってバレンタインは、アタシの好きな相手にチョコをあげるもの。親愛。友愛。強いて言うならどれも本命だ。
 だけど、頭のてっぺんからつま先まで恋する乙女のなのちゃんは違うらしい。アタシは聞き返した。

「そういうなのちゃんは誰かにあげるの? 本命チョコ」
「ひー君にあげます!」

 すがすがしいまでにキッパリと言い切られた。どこまでも直球全力勝負な姿勢はある意味尊敬に値する。
 なのちゃんは拳を握りしめて言った。

「今年は全力をもって手作りします! 紫センパイに教えてもらいます!」
「紫ちゃんの許可は得たの?」
「まだです!」

 ……まだなんかい。
 でも熱いなあ、なのちゃん。アタシは苦笑しながら色とりどりのチョコの山に目を戻す。
 さて今年はいくつ用意しようかな。家族の分と、かんなちゃん紫ちゃんと、仕方がないからなのちゃんの分と――

 ――ふと、脳裏に浮かんだのは、隠れ甘党の椎名先生の姿だった。



 最初は……なんだっけ。ああ、キャンディだ。

「それ、まだ持ってる?」

 『それ』が口に放り込んだキャンディだと気づくまで暫し。
 仮にも教師の前で飲食したことを咎められるのかと思いきや、逆にそれを欲しいと言われたのが、たしか一番最初だった。
 それから、たまに甘いものをねだられるようになった。接点が増えるにつれ、時々自分からもおすそ分けするようになった。最近は、先生の準備室にキャンディボックスを置いて、そこにお菓子を補充する習慣がついている。
 先生が甘党なのを知ってるのは、多分アタシくらい。そのことにちょっとだけ優越感を覚える。

(……そうだ。14日はチョコレートにしようかな)

 その日持っていたおやつがたまたまチョコレートだったとしても、そしてそれをボックスに入れておいたとしても、何らおかしいことはないだろう。

 ――それがちょっとだけ特別な普通のチョコレートだったとしても。
 そしてそれを知っているのがアタシだけだったとしても――

(別に、いいよね)

 製菓用チョコレートとにらめっこをはじめたなのちゃんの横で、アタシは脳内の手帳に、『2月14日、チョコレートをおすそ分け』と、小さく書き込んでおいた。





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