出逢いとコンプレックスと爆弾発言



 


 私の名前は鷹月紫。紫と書いてゆかりと読む。
 小出高校の二年生。年齢、16歳。
 性別、一応女。

 欲しいもの、……身長。



 何かあれば身長順に並んでいた小学校の頃は、前から二番目が定位置だった。
 遅い成長期は中学も後半になってようやくやってきた。だがそれまでに積み上げられたコンプレックスはそうそう払拭されるものではなく、成人女子の平均身長に達した今でも私は、もっと背が高ければと思うのだ。
 踵のある靴を履くと目線がほぼ同じになる父、母は成長期に入ってすぐに追い越した。小柄な両親や縁戚を見たらこれ以上は望めるべくもなく、むしろここまで伸びたことに感謝すべきなのだろう。

 だけど、それでも、私は。

「……もっと背が伸びたらいいのに」

 思わずにはいられない。






出逢いとコンプレックスと爆弾発言



 初めて彼に逢ったのは、高校の入学式の日。
 断りきれずに引き受けた、新入生の受付をしていたときのことだった。

 もともとこの仕事を引き受けたのは私ではなかった。
 その話を持ってきたのは生徒会長の宮本浩輝で、話を持ってこられたのは文芸部部長の相澤かんなだった。それなのに。

「紫ちゃんも一緒にするよね?」

 その場に一緒にいたというだけで、何故だか私にまで話が横滑りしてきた。そして彼女の言葉に二つ返事で頷いたのは私ではなかった。

「いいんじゃないか? かんな一人じゃ荷が重いだろう。鷹月、よろしく頼むな」
「紫ちゃん、一緒に頑張ろうね!」

 まだ私何も言ってないんだけど……。



 こうしてなし崩し的にやることになった受付だったが。
 ――正直、面倒くさい。



「紫ちゃん、笑顔」

 完璧な笑顔でかんなちゃんがわき腹をつつく。私は仕方無く営業スマイルを浮かべた。そしてあくまで事務的に業務をこなす。
 それを何度繰り返しただろうか。いい加減笑顔を貼り付けるのもうんざりしてきた頃、

 彼がやってきた。






(一年なのにデカいなー……)



 初見の感想はそれだけ。
 でも、見上げるような長身は目を引くのに十分だった。

 いいなあ。背が高いの。

 彼は男だけど、そして私は女だけど。それはわかっているけれど――羨ましいと、そう思った。



「どうかしましたか?」

 無意識のうちに相手を凝視していたらしい。気づくと背高のっぽの彼がのぞき込んできた。
 少し長めの癖のない髪がさらりと揺れる。黒に近い褐色のセルフレーム、眼鏡の向こう側の瞳がキラキラしている。
 私が答えるより早く、彼は何故だか慌てふためきだした。

「あ、ひょっとして僕何かおかしいとこありますか? シャツ出てるとか? 寝ぐせ付いてるとか? それとも……」

 表情がクルクル変わるのがおもしろい。私は笑いをかみ殺しながら言った。

「……や、どこもおかしいとこはないよ。ただ……」

 初対面の相手に対して、不躾な問いかけだっただろう。
 それでも彼の気さくな雰囲気に、言葉は口をついて出た。



「……何食べたらそんなに大きくなれるんだろうな、と思って」



 ぱちくり。

 比喩ではなくそんなまばたきをして、彼は首をかしげた。

「……遺伝ですかね?」

 遺伝。そうだよな。
 聞くまでもないことを聞いてしまった。私は、ごめん、と謝意を口にした。

「変なこと聞いた。……花付けるからこっち来て」

 手招きすると、彼は素直にこちらに近づいた。目線の位置よりも高い胸元に生花を飾る。
 ……やっぱデカいわこの子。
 見上げる『ような』じゃなくて、本気で見上げないと目線が合わない人なんて、私の人生の中で初めてだ。

「ん。これで良し」
「ありがとうございます!」

 パアッと笑顔。コロコロ変わる表情に、私までつられて笑顔になる。
 すると彼が再び私を覗き込んできた。じっとこちらを見つめる理由を、今度は私が尋ねる番だった。

「……どうかした?」
「はい。……今の笑顔は可愛いな、と思って」



 言われた言葉が頭に浸透するまで、しばらく時間がかかった。



「…………は!?」

 ニコニコ。悪気も邪気もない笑顔を浮かべる彼は、一体何を考えてこんなことを言い出したのか。
 何言ってんの。聞き返そうとして止めた。もし同じ台詞を繰り返されたら……

 私が、可愛い、だって?



「……馬鹿なこと言ってないで、早く体育館行きなさい!」
「はい。それじゃまた」

 ペコリ。頭を下げて彼は立ち去った。






「眉間、シワ寄ってる」

 人の悪い笑みを浮かべたかんなちゃんが、私の眉間を指さした。自覚はしていたが、さぞかしクッキリ皺が刻まれていたことだろう。

「可愛いって言われたのがそんなに不満?」
「褒められた気がしない」

 ぶすくれた声で言うと、かんなちゃんは声を立てて笑った。

「カッコいいって言われて喜ぶ女の子は貴女くらいよ。相手はそんなこと知らないんだから、素直に誉め言葉として受け取っておきなさい」

 いっそのこと、熨斗でも付けて返品したいんだけど。私はぶつぶつ口の中で一人ごちながら、手元の名簿に【受付済】のチェックを入れた。
 名簿に記された名前は、『北条大海』。

(……ま、学年も違うし、関わり合いになることもないよね)

 多分。

 すぐに次の新入生がやってきた。かんなちゃんにつつかれて再び営業スマイルになった私は、忙しさに追われて背高のっぽの一年生のことなんてすっかり忘れてしまった。


 
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