ラベンダー色のブーケ



 


 ニコニコ。笑顔の大海君。
 彼が差し出しているのは――控えめな装飾が施してあるテラコッタの鉢に植わった、小さなラベンダーの苗。薄紫色のリボンを結んだピックが差してある。
 それを見た紫が怪訝な顔をして大海君に尋ねた。



「……これは?」
「花は紫サンの方が詳しいでしょう?」
「そうじゃなくて。どうしてこれを私に差し出してる?」
「紫サンにプレゼントしようと思って。
前に『僕があげたら、もらってくれますか?』って聞いたときに、NOとは言われなかったから」

 しばらく前、まだつき合うようになる前に、ここでそんな話をしていたっけ。カウンターから微笑ましく二人を眺めていると、紫に可愛く睨まれた。



「まゆ姉……」
「なあに?」
「コイツに何か、余計なことを吹き込んでないよな?」
「私は何も。鉢に植えるお手伝いはしたけれど、あとは大海君が全部自分でやったのよ?」



 ――紫サンにお花をプレゼントしたいんです。

 そう大海君に相談を受けたのは、先週の日曜日。彼がプレゼントしたいと言った花は、季節はずれで入手が難しい。でも何故その花なのかという理由を聞いて、私は、手を尽くして良い花苗を探してきた。……それは彼が預かり知らないところだけれど。
 紫も何故今この花なのかという顔をしている。遥か北の地で見頃を伝えるニュースは聞いても、今のこの地では暑さに元気を無くす花だ。



「北条……どうしてラベンダーなんだ?」
「僕ね、この花の名前、知らなかったんです」

 彼の告白に、紫が虚を突かれたような顔になった。ラベンダーなんてメジャーな花、知らない奴がいるのか。紫の言葉が聞こえてきそうだ。でも……
 私は思う。人は誰しも、興味がない事柄には目を向けないもの。興味がなければ知ろうともしない。だから知らなくても無理はないのだ。



「だけどね、ずっと前、紫サンたちが中庭に花を植えてたでしょう? その時この花があるのを見て、触れてみたら覚えのある香りがして。ああ、これがラベンダーなんだって、初めて知りました」

 愛しむように花を撫でながら、目を細めて大海君は言う。

「それからなんです。美容院に飾る花を取りに行きだしたのは。花を植えてた時、紫サンはとっても優しい顔で花に触れていたから――好きな人にあんな優しい顔をさせるものに、僕も触れてみたくなったんです」



 てらいなく言われた言葉に、紫は耳まで赤くなった。
 大海君の、自分の想いを飾らずにありのままに告げるところは、照れ屋な紫にはぴったりなのかも知れない。彼の言葉は真っ直ぐだから、紫は逃げられない。逃げても言葉はちゃんと紫に届くから。



「だからこれ、受け取ってください。ちょっと時期には遅いけど……綺麗に咲いてるし」
「うん……ありがとう」

 笑顔の大海君から鉢を受け取った紫は、小さな株に、いっぱいの花を咲かせたラベンダーを見ながら何か考えているようだった。



「まゆ姉。ハサミ貸して」
「え? ……ええ」



 私はカウンター下から先の細い花切鋏を取り出して紫に渡した。それからラッピングのリボンを少し切って、それも普通のハサミと一緒にカウンターに並べる。ピックに結んであるのと同じ、ラベンダーカラーの細いリボンだ。
 目を見張った紫は、ありがと、小さくそう言って、ラベンダーの鉢からまだ花が開いていない枝を選びながら十本程切っていった。それを束にしてからリボンで括って蝶結びにし、薄紫色の花束を目を丸くしている大海君に差し出す。



「このまま飾っておけばいい。活けても、ドライフラワーにしてもいいから」

 花束と、花束より花が少なくなった鉢植えを見比べながら戸惑う大海君。当然だろう、彼は何も知らないのだから。でも。

「……ごめんな。せっかくもらったのに、すぐ切っちゃって。でも、花がたくさん付いてたら株が弱るから……花を愛でるより長く育てたいから、花を切ったんだ。また来年、いっぱい花が咲くように」

 それを聞いた大海君の顔がほころんだ。花束を受け取り、顔を近づけて匂いを嗅ぐ。



「こう言う楽しみ方もあるんですね……」
「そうだな。うまく育てたら、だんだん大きくなって花数も増えていくだろう。そうなるように、大切にするよ」

 ありがとう。もう一度言って、紫は鉢植えを抱きしめる。

 幸せそうな二人の姿に、私の顔もほころんだ。









「まるでブーケとブートニアみたいね」

 微笑みながら私が言うと、紫と大海君は揃って首を傾げた。

「紫サンも知らないんですか?」
「知らない。……どう言うこと?」

 顔を見合わせた二人を見て、私はまたクスリと笑う。そして二人が持つ薄紫色を差して続けた。



「ウェディングブーケはね、もともと男性が女性へプロポーズの意味をこめて贈った花束のことなの。そして女性がそのプロポーズを受け入れるなら、返事の代わりにブーケの中から一輪の花を抜き取って男性の襟のボタンホールに挿したんですって」
「つまり……ブーケとブートニア?」

 紫が持つ鉢植えと、自分が持つ花束を交互に見ながら大海君が聞いてくる。ええ、私が頷いてみせると、紫の顔が一気に朱に染まった。



「ま……ま……まゆ姉……一体何を言い出すんだよ……?」
「何って、そう見えたから。良かったわね大海君、OKがもらえて」
「もう、まゆ姉!」



 私は小さく吹き出した。我が妹ながら、なんて可愛いの、この子。
 紫はさらに顔を赤くしてそっぽを向いた。やっぱり顔を赤く染めている大海君は、それでも幸せそうに微笑んでいる。



(いつかこの二人に、本物のブーケとブートニアを作ってあげられるかしら)



 笑いながら私は未来に想いを馳せる。それはそう遠くない未来のような気がした。


 
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