二人の王子様



 


 シンデレラに白雪姫、親指姫にいばら姫。
 昔読んだおとぎ話。自分にもこんな王子様がいつか来るんだと、夢見た少女時代。



「王子様、か。やっぱり女の子だなあ」

 蒼お兄ちゃんは笑いながら頭を撫でる。



「なの姫の王子様は俺たちで充分でしょ」

 奏お兄ちゃんはほっぺたにキスをした。



「現実世界にそんな王子様はいないよ」

 悠お兄ちゃんはリアルを突きつける。






 だけどなのは出逢ってしまった。

 ――リアルな運命の王子様に。
 そして物語の王子様みたいな、素敵なヒーローに。



 二人の、王子様に――










「なーの、っち」
「何ですか紫センパ……うひゃあ!」

 振り向いた途端にわき腹を撫でられてヘンな声が出た。してやったり顔で笑う紫センパイは今日もカッコいい。



「隙有り」
「もう! あたしだってセンパイのわき腹撫でちゃうんだから!」
「駄ー目。私はやる方。なのっちはやられる方」

 伸ばした手をあっさりかわして紫センパイは笑う。ムキになって追いかけると、その手を取られて背後から抱きしめられた。



「うーん、いい抱き心地」
「きゃーっ! 紫センパイどこ触ってるんですか!?」
「キワドいとこ?」
「セクハラですー!」



 毎日の、こんなやり取りが楽しくて仕方ない。
 優しくて、格好良くて、イジワルだけどそこには愛が詰まってて。
 そしてなののピンチを、自分が窮地に陥るのも構わず何度となく救ってくれた、ホンモノのヒーロー。

 抱きしめられた頭が紫センパイの胸に当たっている。スリスリ、こっそり頭を胸に押しつけていると、不意に扉が開いた。
 中に入りかけてそのまま固まった相手の顔を見て、あたしは頬を真っ赤に染めた。ああ、今日もカッコいい、あたしの運命の王子様――






「ひ……下野くん!」
「お前……何レズってんだ吉野!」
「失礼な。ただ仲良く戯れているだけだろう?」

 下野くんの怒声もどこ吹く風で、あたしを抱きしめたまま紫センパイは笑う。ちょっとイジワルな声だ。目の前の下野くんが眉間のシワを増やした。



「鷹月先輩も、離れてください。吉野が喜んでいるじゃないですか!」



 それを聞いた紫センパイが盛大に吹き出した。……ん? 今何かおかしかった?



「下野……言いたいことはちゃんと言わんと相手には伝わらんぞ?」
「余計なお世話です。だから離れてください」
「嫌だ。なのは渡さん」
「離れてください!」
「離してください」






 そこへまた新たな声がした。げ、紫センパイが声を漏らす。下野くんの後ろからでも顔が見える長身は、北条くん――紫センパイの『彼氏』だ。



「紫サン。吉野を離してください」
「嫌……だ」
「ポジションが違うでしょう。あなたは僕に抱きしめられてればそれでいいんです」
「良くない! 勝手に決めるな!」

 下野くんを押しのけて北条くんは部屋に入ってきた。そして、べりっ、あたしを紫センパイから引き剥がした。北条くんのあたしの扱いは極めて雑だ。
 でも紫センパイの扱いはどこまでも丁重で優しい。そのまま北条くんに抱きしめられた紫センパイは――女の子の顔になっていた。



「は……なせ、北条!」
「嫌です。離したら紫サン、浮気するんですもん」
「浮気ってなんだ、人聞きの悪い! 私はお前以外――」



 言い掛けて紫センパイは真っ赤になった。北条くんがニッコリ笑って、狼狽える紫センパイをお姫様抱っこで抱き上げる。……いいなあ。



「続きは図書室で聞きましょうか。みんなに聞かせるのは勿体ないし」
「こら、下ろせ、離せ北条!」






 こうしてなののヒーローは、お姫様抱っこで連行された。後に残ったのは――なのの運命の王子様の方。



「……行っちゃったね」
「……だな」

 ポツリと頷いた下野くんは、なんだか複雑な顔をしていた。

「どしたの?」
「あの鷹月先輩を女の子扱いできる北条を、俺はある意味尊敬する……」

 しみじみ言う下野くんの言葉に、あたしもうんうん頷いた。

「ちょっとわかる気がするわー。だって紫センパイ、北条くんの前でだけ可愛いんだよ!? 格好良くて可愛いなんて反則!」
「吉野お前……」



 下野くんにまじまじと見つめられ、あたしは赤面した。ちょっと……照れるじゃん!



「な……何?」
「お前ホントに鷹月先輩好きだよな」
「だってセンパイはなののヒーローだもん。紫センパイがオトコだったら、絶対どんな女の子でも惚れちゃうよ?」



 だって、オンナなのにあれだけカッコ良くて美人でそんじょそこらの男の子よりオトコマエで、フェミニストで優しくてちょっぴりイジワルで、でもピンチの時には絶対に駆けつけてくれるヒーローなんだから。

 紫センパイのカッコいい姿を想像してうっとりしていると、下野くんの何故か不機嫌な呟きが耳に届いた。



「あのひとが女で良かったと思うよ」
「……どゆこと?」

 聞き返したあたしに下野くんはハッとした顔になった。

「何でもない!」

 そしてそのままきびすを返して部屋を出て行ってしまった。



 ……あーあ。王子様が二人ともいなくなっちゃった。

 あたしはちょっぴり淋しくなった。でもあたしの王子様は公然とあたしのものじゃないから、『行かないで』なんてワガママは言えない。あたし良い子。

 だけど『王子様』を夢見てただけの頃より、二人の王子様と過ごす毎日は楽しくて、輝いてて。

(あたし、幸せ♪)

 ひとりで笑み崩れてたら、部室に入ってきたかんなセンパイと志乃センパイに笑われた。






二人の王子様



 あれ……でも、そう言えば――

 下野くんの最後の言葉って、一体どういう意味なんだろう。
 紫センパイが女で良かったって……



 首を捻ってみても、答えは出なかった。


 
日常 かんな 志乃 なの 紫1 
小出高校 top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -