伸ばした理由、切らない本心 |
北条の長い指が、器用に私の髪を編み込んでいく。 ところどころピンで留めながら、綺麗にサイドで纏めていく。自分一人ではできない髪型にされるのは、なんだか自分らしくなくて落ち着かない。だけど北条に髪を触られるのは、気持ち良い。 「……できた」 私の前に回り込んだ北条が、私をじっくり眺めながら満足そうに頷いた。彼が持つ大きめの鏡に映った私は、やっぱり私らしくない気がした。 「似合ってなくないか?」 「見慣れないだけですよ。とっても良く似合ってると思いますけど……似合うようにアレンジしたんだし」 良くわからない。首を傾げると、せっかく纏めてくれた髪が不自然に揺れた。 「……あ」 「あー……崩れちゃった。やっぱり紫サンの髪は固めないとキープできないですね」 苦笑しながら背後に戻った北条が、手早く髪からピンを抜く。するする、あっという間に結った髪がいつもの下ろし髪に戻っていく。……やっぱりこっちの方が落ち着く。 手櫛で編み込んだ髪を解きながら、北条が聞いてきた。 「紫サンは、ずっと髪長かったんですか?」 「いや。逆だ。ずっと短かったよ」 「そうなんですか?」 驚いたように聞き返す彼に頷きながら、私は、あの時もこんな風に髪を梳かれていたなと、そう遠くない昔を思い出していた。 「ちょっと紫……ちゃんと髪乾かしなさい」 「えー。すぐに乾くよ、夏だし。短いんだし」 「駄目よ。拭いてあげるからそこ座って!」 風呂上がり、濡れ髪にタオルを被ってウロウロしていた私は、まゆ姉に捕まってダイニングの椅子に座らされた。 私の後ろに立ったまゆ姉が、優しくタオルで水気を拭っていく。……気持ち良い。でも。 「もっとガシガシ拭けばいいのに……そっちのが早いから」 「だーめ。せっかく綺麗な髪なんだから、丁寧に扱った方が良いわよ?」 私の意見は聞き入れてもらえないらしい。しばらくまゆ姉に拘束されることを受け入れた私は、もっと気持ち良さを感じようと目を閉じた。 やがてタオルドライを終えたまゆ姉は、ブラシを持ってきて髪をとかし始めた。そしてとかしながらため息を漏らす。 「本当に、紫の髪は綺麗よね……」 「まゆ姉と一緒でしょ?」 「全然違うわよ。私の髪はくせっ毛ですぐはねちゃってちっとも纏まらないけど、あなたの髪は真っ直ぐで癖がなくて綺麗なんだもの。羨ましいわ」 姉妹なんだから私もおんなじストレートが良かったな。まゆ姉がぶつぶつこぼすのを聞きながら私は首を傾げた。 まゆ姉の髪型は可愛いと思うんだけど。だってきっと私には似合わない。まゆ姉だから可愛いんだから。 「……ねえ紫」 「何、まゆ姉」 「あなた……髪伸ばしてみない?」 唐突な発言に、私は目を点にした。 「…………え?」 「だって本当に綺麗なんだもの。見てみたくなっちゃった、あなたが髪を伸ばしたところ」 まゆ姉はとかし終わった私の髪を指ですきながら言う。さらさら。綺麗にとかしてもらった髪は、引っかかることなく流れ落ちる。 「ええ! 嫌だよ、面倒くさいし!」 「さらさら〜って、紫の髪を撫でたいなって」 「今してるじゃん!」 「違うの。もっと長い髪がいいの。……駄目?」 可愛らしく首を傾げたまゆ姉の、お願いを断れないのはいつものことだ。私は眉間に皺を寄せた。 「……嫌になったら、すぐに切るからね?」 「それからずっと長いままだ。もう三年……いや、四年になるかな」 「短い髪の紫サンも、可愛かったでしょうね」 「どうだかな。よく男に間違えられていたよ。さすがに髪を伸ばしだしてから、それはなくなったけど」 「そうなんですか? 今度写真見せてくださいよ」 「嫌だよ、恥ずかしいから」 私の返答に、長い髪を指で梳きながら北条は笑った。もうすっかり編みこみは解けているだろうに、彼はその動きを止めようとしない。そして私もそれを諫めようとはしない。 「でも……僕は長い方が好きです。だって本当に触り心地がいいんですもん、紫サンの髪」 「長いのも慣れたら楽だよな。暑い時は結べば涼しいし……それに」 「それに?」 何でもない、私は言葉を濁して目を閉じた。 まゆ姉、そして北条。好きな相手に髪を触られるのが、自分は好きだということに気づいてしまったから。 触って欲しいから、切れない。 なんて本心、絶対に言えない。 |