『ダイジナモノ10』
-呼ぶ声-



 


 ――本当に、偶然だった。



(ありゃあ……こないだ紫に迫ってた一年坊主じゃねーか。あんなとこに何の用だ?)

 件の男子生徒が、小柄な女子生徒と一緒に、鍵を開けて旧体育館に入っていったのを見たのは。



(逢い引き……か? なら別にオレの知ったこっちゃねーんだが)

 気になってちらちらそちらを伺っていると、そこにやってきた、良く見知った女子生徒の姿。



(…………紫……!?)

 旧体育館の様子を伺っていた紫は、ゆっくりと開いた入口からその中に入っていった。
 そして暫くして、何事もなかったかのように旧体育館から出てきた小柄な女子生徒は、体育館の鍵をかけてその場を去った。男子生徒と、そして紫が出て行った形跡は、全く、ない。



(何だかキナ臭いな……)



 小鳥遊は自分の研究室を出ると女子生徒の後を追った。
 彼女が向かったのは体育準備室、どうやらそこから鍵を失敬してきたらしい。セキュリティーの甘さは自分の学生時代からそんなに変わらないようだ。

 それはともかく、問題は紫だ。



(助けに行った方がいいかな?)

 さりげなさを装って、小鳥遊は体育準備室を出て行く彼女とすれ違った。近くで見たら見覚えのある顔だった。自分が生物を受け持っている一年生。確か名前は――室津。
 小鳥遊はそのまま体育準備室に入ると、彼女が返した旧体育館の鍵を持ち出した。
 もちろん使用許可は書いてきた。正当なやり口なら、どこからも文句は出ないことを彼は知っている。
 そうして正当にゲットした鍵をオモチャのように弄びながら、小鳥遊はブラブラと旧体育館に向かった。






『ダイジナモノ10』
-
ぶ声-



 次に彼が出逢ったのは、血相を変えて駆けてくる大海だった。



「北条!」
「小鳥遊先生……急いでるんで、用事は後にしてください!」
「急ぎ……ひょっとして紫がらみか?」
「ええ。じゃあまた後で」

 すぐにも走りだそうとする大海の肩を、小鳥遊は手を伸ばして掴み、引き止めた。



「ちょっと待て。こっちの用件も急ぎで紫がらみだ」

 言うとさすがに大海の表情が動いた。

「……どういうことですか?」
「紫が旧体育館に閉じ込められてる」
「旧体育館……グラウンド脇の体育倉庫じゃなくて?」

 眉をひそめた大海を見て、おおよその見当はついた。

「お前が誰に何を言われたか、何となくわかった。だがな、オレは旧体育館に入っていく紫を見てる。……ついて来い、オレの知ってる限りを話してやる」






「……これで大体の流れはわかりました」

 大海は眉間に皺を刻みながら、冷静な口振りで状況を分析した。

「今日の昼、紫サンは安藤の告白を断った。そして迫られかけたところを小鳥遊先生が助けた。
その後、傷心の安藤を室津がそそのかした。そして紫サンを誘い出して、安藤と一緒に旧体育館に閉じ込めた……僕には嘘を吐いて撹乱しておいて」

 確かに怒っているはずなのに、感情的にならない大海を、小鳥遊はむしろ怖いとすら思った。
 だがこれは思っていた以上に状況が逼迫している。急がなければ、紫の身に何が起きるかわからない。



 ガチャガチャと耳障りな音を立てて鍵は開いた。体育館に飛び込むと、がらんとした空虚な空間が広がっている。人気はない。

「……本当に、ここに……?」

 呟いた大海を置いて小鳥遊は歩みを進めた。閉じ込めるならきっと小部屋だ。いくつかある体育倉庫に近づいた時、






「…………ひろ、みぃっ!!」



 叫び声が、聞こえた。



「紫サン!?」

 血相を変えた大海が声の方に向かった時には、小鳥遊は目当ての鍵を探し出していた。入口のそれとは違い静かに鍵が開く。扉を蹴破る勢いで、大海と小鳥遊は倉庫の中に踏み込んだ。






 そこにいたのは、



 紫を押し倒したまま茫然自失としている和臣と。
 そんな彼の様子に戸惑いを隠せない紫だった。






「紫サン!」

 大海が紫から和臣を引き剥がす。それから彼の頬を思い切り殴りつけた。さらにもう一度、拳を振り上げた大海のその手を小鳥遊が押さえた。

「北条。ストップ」
「小鳥遊先生……離してください!」
「先に紫を抱きしめてやれ。お前にしかできないことだ。……コイツは、オレが見るから」

 その言葉に大海は拳を下ろした。ドサリ、頬を押さえ呻く和臣をも放り投げ、紫に駆け寄った。見たところ何事もないようで、まずそのことに安堵する。
 大海は身を起こそうともがく彼女を抱き起こし、そのまま抱きしめた。

「紫サン……!」
「ごめん、北条。……来てくれて、ありがとう」
「紫サンが僕を呼ぶ声が聞こえましたから」

 少しだけ身体を離して、泣きそうな顔で笑うと、大海はもう一度紫を抱きしめた。



 その様子を見て小鳥遊は笑った。とりあえずは大丈夫そうだ。

「立てるか?」
「……はい」
「んじゃ、話は余所で聞かせてくれな」

 二人の姿を虚ろに見ている和臣を立たせ、ふらつく彼を引きずっていく。部屋を出ていく前に、一言だけ言いおいた。

「北条。何かあったらオレんとこに顔出せ」
「わかりました」






 小鳥遊と和臣の足音が遠ざかり、やがて消えた。訪れた静寂の中、大海のまだ逸る鼓動だけが紫に聞こえる唯一の音だ。
 紫は大きな息を吐いた。すると大海が少し身を離して紫を見つめてきた。

「今日はもう、帰りましょう。……家まで、送っていきます」



 その言葉に、紫はサッと顔色を変えた。――ひとりになりたくない。今は大海の傍に居たい。



「……お前の家じゃ……駄目か……?」



 気づけば、無意識にそう口にしていた。
 驚いた顔の大海は、だが紫の表情を見て優しく微笑んだ。

「わかりました。一緒に、うちに帰りましょう」


 
日常 かんな 志乃 なの 紫1 
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