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それからの毎日は多忙を極めた。 「えっと……生徒から創部する場合、4名以上の人数を集め顧問を確保すること。生徒会の容認の後『同好会』として高校の正式な課外活動として認可する……継続的な一年以上の同好会活動と、7名以上の人数確保で部活動に昇格……ただし部への昇格には教師及び生徒会の容認を必須とする……」 こう兄が学校から持ち帰ってくれた創部関係の書類を、わたしはこう兄の家まで取りにいった。そのまま部屋に居座って、書類を捲りながら中身に目を通す。声に出して読んでいるのは、音読した方が頭に入りやすいからだ。 隣で参考書に目を落としていたこう兄が、顔を上げないまま口を開いた。 「現国の仮屋あたりに話をしてみろ。俺の名前を出せばいい。教師が率先して部を立ち上げる場合、一年間の同好会活動はなくていいからな」 「こう兄……」 条件を呑めと言いながら、なんだかんだで手助けしてくれる。そういうところも。 「ありがと。大好き!」 書類をまとめながらそう言うと、早く出て行けとばかりに追い払う仕草をされてしまった。 ……忙しいのにお邪魔しちゃったな。 それでもそれを許容してくれて、あまつさえ助けてくれるこう兄をこれ以上邪魔したくなくて、わたしは足早にこう兄の部屋を出て行った。 だから、顔を上げないこう兄の顔が真っ赤になっていたことには、わたしは全然気づかなかった。 部員募集のポスターを作り、学校中の掲示板に貼った。顧問をお願いしに行った現国の仮屋先生は、こう兄の名前を出すとものすごく嫌そうな顔をしたけれど(こう兄何したんだろう)、それでも快く顧問を引き受けてくれ、先生の名前で部を立ち上げることを約束してくれた。 友だちに片っ端から声をかけた。チラシを作って、仮屋先生の準備室の前や、第一図書室に置かせてもらった。 それでも最初は、なかなか人が集まらなかった。名義だけなら貸してあげるけど。友人が二人、そう言ってくれたのがせめてもの救いだった。 そして、募集をはじめてから一週間後のことだった。 「相澤ー、ご指名だよー」 クラスメートの声に、わたしは顔を上げた。綺麗な女の子が二人、教室の入口に立って何か話している。知らない顔だ。 「はい、相澤です」 席を立つと、入口にいた二人はわたしのところに近付いてきた。もしかして。期待に胸が膨らむ。 躍動的な足取りでこちらに向かってきた、長いストレートヘアの女の子が、前置きなしで口を開いた。 「……ポスター、見てきたんだけど」 「アタシはこれを」 ストレートボブの華奢な女の子が一枚の紙を差し出した。見覚えのあるチラシは、まぎれもなくわたしが作った、部員募集のそれだった。 チラシから顔を上げると、くりっとした瞳でわたしを見ていた彼女はにっこり微笑んだ。 「1年E組、佐伯志乃。文芸部に入部希望です」 「私は1−D、鷹月紫。同じく入部希望です、よろしく」 鷹月さんもそう言って軽く会釈した。綺麗なストレートの髪が肩から流れる。 「こちらこそ……よろしくお願いします。相澤かんなです!」 わたしは満面の笑顔で、二人に向かって深く頭を下げた。 「部員を募集してたかんなちゃんのとこに、アタシと紫ちゃんが偶然同じタイミングで出向いて」 「で、部設立の条件を満たす人員を確保するために、みんなで部員をスカウトしたって訳」 志乃ちゃんの言葉を引き取ったのは紫ちゃんだった。左手のトレイの上には冷たいアイスティー。わたしが朝、氷と茶葉を同じピッチャーに入れておいたのを、飲み頃になったので出してきてくれたらしい。 「こうやって好き勝手にお茶ができるのも、元はと言えばかんなちゃんのおかげだからね。感謝して頂くように」 「わーい。いただきます!」 なのちゃんが早速グラスに手を伸ばした。わたしも差し出されたそれを受け取り口を湿す。冷たい飲み物が美味しいと感じる季節になった。 部の創立から一年。 活動も軌道に乗り始め、素敵な場所で気の合う仲間たちと毎日楽しく部活ができる幸せ。なのちゃんのたわいないお喋りに、志乃ちゃんと紫ちゃんが声を立てて笑う。 (こう兄に感謝しなきゃね) 素敵な高校生活をプレゼントしてくれたこう兄には、何度感謝してもし足りない。 紫ちゃんに教えてもらって、何かお菓子でも作って差し入れよう。賑やかで穏やかないつも通りの喧騒の中、わたしはそんなことを考えながら、グラスの中身を飲み干した。 |