ヒーロー×ヒーローの恋物語



 


 翌日。
 部活が始まる前に、私はかんなちゃんと志乃ちゃんと三人で、少し早いティータイムを楽しんでいた。話題は勿論――



「……そう。ちゃんと、仲直りできたのね?」
「仲直りって……別に喧嘩してた訳じゃ……」

 かんなちゃんの質問に違和感を覚えた私は、だがうまく言えずに言葉に詰まる。
 すると砂糖を放り込んだ紅茶を勢い良くかき混ぜていた志乃ちゃんが、引っ張り上げたスプーンをピコピコ動かしながら言った。



「『ごめんなさい』は、仲を元に戻したい時の台詞だと思うんだけどアタシ。……それとも何、元に戻らなかったの?」



 言われて私は赤くなる。『元に』は戻らなかったのだ、厳密に言えば。
 ずっと『好き』と言ってくれていた北条に、私も彼のことが好きだと返した。つき合ってくれと言われて、イエスと答えて、そして……






「…………かんなちゃーん。紫ちゃんがショートしてるんだけど」
「あらあら。お赤飯炊かなきゃね」
「なんでそうなるんだよ!?」

 志乃ちゃんとかんなちゃんのおかしな会話に、私は即座に現実に引き戻された。嗚呼哀しきかなツッコミ体質。
 するとかんなちゃんは私を見て優しく微笑んだ。そして言った。

「間違ってはないと思うけど……でもまあ、できたら、何があったかは貴女の口から聞きたいわ」



 それはすごく気恥ずかしい。だが確かにこれは、ちゃんと報告すべきことだ。特に二人には。



「あの……その、北条と…………つ、つき合う、ことに……した」

 小さな小さな声でそう言うと、二人は笑った。そして口々に祝福してくれた。

「おめでとう。良かったわね、紫ちゃん」
「北条君なら、きっと紫ちゃんを幸せにしてくれるよ。て言うか! しなかったら承知しないんだからね!」



 言葉途中で志乃ちゃんの声は、私ではなく私の後ろに向けられた。私もつられてそちらを見遣る。






「……紫サンはみんなに愛されてるから、僕、みんなにそう言われるんですよね」



 苦笑しながら部屋に入ってきたのは、まごうことなき北条だ。
 彼がいる、それだけで鼓動が早くなった気がする。……どうしよう。目が離せない。
 視線に気づいた北条が、私を見てにっこり微笑んだ。



「もちろん幸せにしますよ? だって僕、紫サンのこと、大好きですもん。それに紫サンも……」
「北条!」

 何か余計なことを言い出しそうな北条が、余計なことを言う前に私は彼を制止した。
 それなのに。



「ねね、北条君。紫ちゃんが北条君の告白に、どう答えたか教えて?」

 キラキラ目を輝かせながら、満面の笑みでとんでもないことを聞く志乃ちゃんに、私は慌てた。

「志乃ちゃん!?」
「いくら佐伯センパイの頼みでも駄目です」
「えー。北条君なら喜んで教えてくれると思ったのにー」
「だって紫サンのあんな一世一代の告白、勿体なさすぎて他の人に教えられません!」
「気になるー! 聞きたいー!」



 ……ああもう何この居たたまれない空気。
 とりあえず逃げよう。私はこっそりと動き出す。だがその動きは北条に読まれていたようで、あっさり捕まった……のみならず抱きしめられた。

「こら、離せ北条!」
「嫌です。だって逃げるじゃないですか」
「逃げてなんか……」
「今逃げようとしてましたよね?」
「……してない」
「だから離しません」
「人の話を聞け!」

 私と北条の言い合いを見ながら、かんなちゃんと志乃ちゃんが微笑んでいる。……二人とも他人事だと思って!
 助けは来そうにないので、自力で北条の腕から逃れるべくもがいていると――部室の扉がうっすら開いたのに私は気がついた。隙間からこちらの様子を窺っているのは、なの。

 私の目線を追って彼女に気づいた北条が、私を腕から解放した。






「どうした、なの?」

 声をかけると、バンと勢い良く扉が開いた。そしてなのが文字通り飛んできた。

「紫センパイ……ごめんなさい!」
「いいよ。何もなかったんだから」

 胸に縋りつく彼女の背中をポンポンと叩く。すると北条が、私からなのをべりっと引き剥がした。

「はい、ここまで。……例え何もなくても、紫サンが危ない目に遭うのも、紫サンを危ない目に遭わすのも僕は許さないから。
それから! 紫サンはもう僕のだから、吉野はむやみに抱きつかないように!」
「えーッ何ソレ何ソレどーいうこと!?」
「こういうこと!」

 悄げている空気をも吹き飛ばして噛みつくなのに、北条は誇示するように私を抱きしめてみせる。私は赤くなったが、それを見たなのも真っ赤になった。



「ひどい、北条くん、横暴! 紫センパイはなののヒーローなのに!!」
「紫サンのヒーローは僕だもん」
「紫センパイを独り占めしないでよ!」
「やだ!」

 ぎゃんぎゃん。子どものような言い争いを繰り広げる北条となのを見遣って、私は諦めの境地でため息をついた。……もう好きにしてくれ。
 そんな騒ぎなどどこ吹く風のかんなちゃんが、優雅に紅茶のカップを傾けた。



「素敵。ヒーローとヒーローの恋物語ね」
「うまいねーかんなちゃん。何だか創作意欲を刺激するフレーズだわ」



 ――頼むから人を創作のネタにしてくれるな。
 私はもう一度ため息をついたが、北条もなのも、かんなちゃんも志乃ちゃんも、皆が嬉しそうなので何も言わなかった。






×



 だがとりあえず私には仕事がひとつ。

 背後の北条の鳩尾に肘鉄を入れる。そして大音声で雷を落とした。



「北条、なの! 余所からクレーム来る前に、いい加減静かにしろお前ら!」


 
日常 かんな 志乃 なの 紫1 
小出高校 top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -