近くて遠い距離



 


「なあ……なんかコレ、おかしくないか?」
「何がですか?」
「私のチャリで、二人乗りして荷物を運ぶ必要性がどこにある?」
「だって前は籠を入れたから花を置けないし、歩いていくより自転車に乗った方が早いし、何より僕が嬉しいし」
「それだ! 最後のがおかしい!」
「紫サ〜ン、喋ってると舌噛みますよ?」

 上り坂を上るためにぐっとペダルを踏み込むと、驚いたのか腰に回された紫の右腕に力が入る。左腕は花の束を抱えているため、バランスが取りにくいらしく、予想以上にくっついてきた。
 思わぬ距離感にドキドキしながら、大海は上り坂を一気にこぎ上がると、続く緩やかな下り坂をゆっくり下っていった。






近くて遠い距離



『デート、してらっしゃい。紫と』
『え?』

 通らない声でさらりと言われた内容に、大海は目をぱちくりさせた。にこやかな笑顔で、真雪は三種類のアイビーを寄せた大きめの籠を差し出した。

『これ、あなたにあげるから大事に育ててね。これと花、二つ持って帰るのはさすがに厳しいでしょうから、紫を荷物持ちにつけてあげる。あとはあなた次第よ』

 ありがとう。真雪は言った。

『ずっと私や誰かを守るんだって気負って、トゲトゲしてたあの子を柔らかく変えてくれて。
紫を、よろしくね。でも泣かしたら承知しないから』
『はい……ありがとうございます!』



 改めて紫に行き先を問うと、駅近くの本屋に行くという。一緒に行っても良いか聞いたら、あっさりと頷かれて拍子抜けした。……もっと渋られるかと思ったのに。そんな些細なことがとても嬉しい。

 家に着くと、大海は花の束を店にいた兄に押しつけ、アイビーの寄せ籠は部屋に置き、替わりに財布をポケットに突っ込んですぐに家を出た。
 外で待っていた紫は、早々に戻ってきた大海を見て驚いたようだった。早いな。言いかけた言葉は大海の声にかき消される。

「お待たせしました!」
「……全然待ってないぞ?」
「だって紫サンとせっかくのデートなんだし……」

 大海の言葉に、紫はものすごく嫌そうな顔をした。

「……その言い方を止めないなら、私は今すぐチャリに乗ってお前を置き去りにする」

 そして紫は自転車を押して歩き出す。慌てて彼女を追いかけ、その横に並んで歩きながら大海は言った。

「もっかい……二人乗りしません?」
「嫌だ」
「だって気持ちいいじゃないですか」
「自転車に乗りたいならお前が家から持って来い」

 紫の返答はにべもない。それでも淡い期待を手放せず、大海は紫の隣に並んで歩いた。



 駅前の駐輪場に自転車を停めると、二人は紫の目的である本屋に入った。
 近隣では一番品揃えが良く、店の規模の割には専門的な本も豊富だと言うのは、歩きながら紫が話してくれた知識である。本と言えば大衆的でどこにでもあるような物しか手に取ることのなかった大海にとっては目から鱗の話だった。

「まあ普通はそんなに気にしなくても大丈夫だ。余程不勉強な店員が、ジャンル外のコーナーに本を置くような店でなければな」
「どういうことですか?」
「そうだな……例えば、『犬の飼い方』というタイトルの小説が、ペットコーナーに置いてあるような店かな」

 例えが面白くて思わず笑った。紫も笑いながら、料理本のコーナーで足を止める。手に取ったのは焼き菓子のレシピ本のようだ。
 食べる方専門の大海には、レシピはさっぱり解らない。紫と本の写真とを交互に見ながら大海は尋ねた。

「新しいお菓子、作るんですか?」
「うーん……今日は見るだけ」
「僕、またアップルパイが食べたいです」
「リンゴが出回るようになったらな。今はベリーか、バナナなんかでもいいよな」
「バナナですか?」
「うん。チョコバナナとか、試してみようか?」

 言う紫は本当に楽しそうだ。その顔を見られただけで本当はお腹いっぱいだなんて絶対言えない。大海も笑いながら言った。

「楽しみにしてます」






 紫の目当ての本は結局見つからなかったらしい。二人で本屋を出てぶらぶらと歩く。
 腹が減ったな、立ち止まり鞄から携帯を出して時間を見ている彼女の、その後ろから自転車が良い勢いで走ってきたので、大海は慌てて紫の手を掴んで自分の方に引いた。

「ぅわ……何!?」

 声を上げた彼女を胸で抱き留める。その横を走り去った自転車に気づいて、紫は悪態をついた。

「歩道を自転車で走るなよな、もう!」
「大丈夫ですか? 紫サンも、気をつけてくださいね」
「気をつけてって……あの場合、悪いのはあっちだろ?」
「そうですけど……僕だって、いつでもあなたを守れる訳じゃないんだし」



 ――何気なく言った言葉。
 だがそれが、何故か紫の態度を硬化させた。



「……誰が守ってくれなんて言った?」
「紫サン?」
「離せ。私は守ってもらう必要なんてない」

 紫は大海の胸を押して彼から離れた。そしてそのまま足早に歩き出す。
 突然の態度の変化に大海は戸惑うばかりだ。紫を追って足を早め、すぐに追いついて問いかける。

「僕……何か悪いこと言いました?」
「いや。ただ、私のことは守らなくていいと、そう言った」
「だって……守れる相手を守るのは、当然じゃないんですか? あなたは女で僕は男なんだし、それに僕は、あなたのことが……」
「北条」



 ピタリと紫が足を止めた。つられて大海も立ち止まる。彼を見上げる紫の瞳には……僅かな怒り。



「女だから守られるとか、男だから守るとか、誰が決めた?」



 それだけ言い捨てて、紫はまた歩き出した。

 その後を追って歩きながら、大海は混乱した思考をまとめるべく頭を働かせる。
 彼女は守られるのが嫌らしい。もともと女性らしさとは疎遠な言動をしていたけれど、そんな些細なことを気にするとは思っていなかった。

 ――だけど、好きな相手を守りたいと思うのはごく普通のことだと思うし、それをするなと言われても逆に困るんだけど。
 強がってても紫サン、女の子なんだし。

 困惑しながら紫の背中を追う。
 近かった距離が、また少し遠ざかったような気がした。


 
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