『タリナイコトバ5』
-ちゃんと、伝えて-



 


 いつもの第二図書室で、いつもの席に腰かけて、私は北条に向き合った。
 ……緊張する。だがそれは目の前の彼も同じようで、それに気づいて少し余裕ができた。
 机の上の彼の手に、そっと自分の手を重ねる。それから口を開いた。



「北条。この間は済まなかった」
「……紫サン、僕は……」
「頼む。先に最後まで言わせてくれ。ちゃんと自分の気持ちを伝えていなかった私が悪い」

 重ねた手をポンポンと撫でる。北条は困ったような顔で、それでも口を噤んでくれた。私はそんな彼をまっすぐに見据えた。






「私は、お前が大好きで、お前が大切だ。……だから今はまだ、お前に抱かれたくない」

 そして私は、北条に、はっきりと、一言一言を噛みしめるように、思いの丈を告げた。



「以前、母に言われたことがある。少し生々しい話になるんだが……『セックスをするなら、この人の子どもなら生んでもかまわないと思える相手としろ』とな。
どんなに綺麗事を述べても、セックスは子作りだ。万が一がないとは言い切れない。私はお前となら、その……別に、いいと思ってるけど……二人ともまだ高校生だし、何かあったときに自分だけでは責任を取れないから。だから……」

 だから。その後の言葉が続かなくなる。だから……何て言えばいいんだろう。
 俯いて言葉を探す私の手に、長い指が絡められた。顔を上げると、北条は何かが吹っ切れたような顔で微笑んでいた。



「『だから』……待ちます」

 絡められた手を持ち上げられ、もう片方の手も重ねられた。包み込まれた手が温かい。そのぬくもりが安心できる。

「あのとき、紫サンに何も聞かずに先走ったのは僕です。あなたに拒絶されて、本気で後悔しました。もうあんな思いはしたくない」

 北条の、伏した瞳が悔恨に揺れる。絡めた指に力を込めると、北条が微笑んだ。



「僕ね、紫サンのこと、本当に大事にしたいんです。だから、待てって言われるんなら待ちます。
その代わり、もう離しませんよ? ……あなたはずっと、僕のものです」






 ――北条の言葉は、いつだってまっすぐに私を射抜く。
 だから私は何も言えなくなるのだ。

 俯いた私の顎に手がかかる。持ち上げられ、直視するしかなくなった北条の、セルフレームに赤い顔の自分が写っていた。そしてその向こうの彼の瞳にも。
 恥ずかしくて目を閉じたから、その続きは見られなかった。ただ彼の唇から与えられた熱だけを、私は感じた。









「北条……ありがとう」

 わかってくれて。待つと言ってくれて。大事にしたいと、そう言ってくれて。
 万感の想いを込めてそう言うと、北条はクスリと笑って、優しく私の頬を撫でた。

「ちゃんと、思いを伝えてください。僕も、そうします。言葉が足りなくて辛い思いをするのは、もうゴメンです」
「……うん。私も……触ってもらえなくて、淋しかった」






 頬を撫でる北条の手が、ピタリと止まる。

 訝しく思って見上げると――彼は真っ赤になった顔を押さえていた。



「紫サン……早々に理性を揺るがすようなこと、言わないでください……」
「え?」
「そんな可愛いこと言われたら、――我慢できなくなるじゃないですか」
「……ええっ!?」



 北条の、前言を撤回するような言葉に私は慌てふためいた。そしてそれを見た彼が我慢できずに吹き出した。
 ああもう! 思わずふくれっ面になる。……この私がこんな子どもっぽい姿を晒せるのも、きっと北条だから。

 ごめんなさい。笑いながらの謝罪にそっぽを向くと、両手を頬に添えられ北条の方に向き直らされた。

「ちゃんと我慢します。だからいっぱい触らせてください。いっぱいキスさせてください。ね?」
「北条……なんか言い方がヤらしい」

 尖った唇で不満を漏らした私の、その唇に北条がキスをする。

「気のせいですよ」
「……ならいい。お前のことは、信じてる」

 釘を差すと北条の動きが止まった。ジロリ。睨むと困ったように北条が笑う。その顔を見て思わず私も笑った。



「信じてる」

 もう一度だけ言うと、今度は私から北条にキスをした。


 
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