『タリナイコトバ4』
-大事なのは、-



 


「アイツ……どこ行ったんだ?」

 旧校舎内に北条はいなかった。中庭まで出て、少し考える。部室に戻った方がいいか、もう少し捜すか、ここで待ってみるか。
 決めかねていると、背後から声がかけられた。



「鷹月紫、先輩ですかぁ?」

 知らない声で名前を呼ばれ、振り返るとそこにはショートボブの小柄な少女がいた。やはり知らない顔だ。

「そうだけど」
「あたし、室津ミオって言いますぅ。鷹月先輩が北条先輩のカノジョって、ホントですかぁ?」
「……それが何か?」

 ミオと名乗った、不躾な問いかけをした少女は、やはり不躾な視線で自分を上から下まで睨めつけた。値踏みされているようで不快感を感じる。
 やがて彼女は大仰なため息を吐いた。



「ガッカリー。北条先輩みたいなステキな人が選んだのが、あなたみたいな人だなんてぇ」

 ……初対面の相手に向かってよくもまあ、面と向かってここまで言えるものだ。
 言動に向かっ腹は立つが、とりあえず何が言いたいのかわからないので、私は彼女の言葉を待った。

「北条先輩も、あなたのどこがいいんでしょうねぇ。だってミオのが可愛いし、ミオのが若いし、ミオは先輩のためならなんでもしてあげるのに……触らせもしない彼女と違って」



 ――最後の一言が刺さる。どうして、それを。
 思わず表情が強張った。それを見て得意げに笑うミオは、北条に気があるのだと知れた。



「……お前は北条のどこがいいんだ?」
「えー? そんなの全部に決まってるじゃないですかぁ」

 尋ねた私を、ミオはそんなこともわからないのかと言いたげに鼻で笑う。

「だってぇ、背が高いしカッコいいし優しそうだし、あんなステキな人ならカレシにしたいじゃないですかぁ。……ミオは先輩が望むなら、カラダだってあげますよ? 二人で気持ちいいコトしたいしぃ」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、陶然と言う彼女の言葉を聞いて私は理解した。ああ、なんだ。彼女は――






「……そうか。わかった」



 ――口から滑り出た声は、どこまでも平淡だった。

 さすがにその言葉は予想外だったようで、ミオはキョトンとした。だがすぐに口の端に笑みを浮かべた。返答を敗北宣言と受け取ったのか、高飛車に尋ねてくる。

「負けを認めるんですかぁ?」
「……いや」



 目の前の、何も理解していない少女を睨みつける。彼女に抱くのは――静かな怒り。

「お前が好きなのは北条じゃなくて自分だ、ってことが良くわかった。……帰れ。お前は北条には相応しくない」
「ふーん。今更カノジョづらするんだ? 触らせもしないのに……」
「いい加減にしろ!」



 叫んだ声に、ビクリ、ミオが竦んだ。だが私は声を抑えることなく言い放つ。

「カラダもあげられる、だって? 目の前の快楽に流されて、無責任で安易に体を重ねられることのどこが相手のためになる? 大事なのは今じゃない、今も含めた未来だ。先を見ることができなくて、本当に相手を想っていると言えるのか?
もう一度言う。お前が大事なのは自分だ、北条じゃない。……そんな相手に北条は渡さない!」






大事なのは、



「……うわ……。すっごい告白、聞かされちゃったなあ」



 横合いからの声にギョッとした。……この声、は。
 振り返るより早く、長い腕に捕らえられ抱き寄せられた。――見なくても相手が判る程に馴染んだ感触。

「僕、だから紫サンが大好きなんですよね」
「北条!?」
「……北条先輩……」

 北条の顔を振り仰ごうとすると、額に唇を落とされた。
 思わず額を押さえて俯く。……顔が上げられないだろう、バカ。それとも何か、上げるなと言うことか?

 私を腕の中に閉じ込めたまま、北条は言った。



「室津……だっけ? 僕言ったよね、つき合ってる人がいるって。
彼女は――紫サンは、綺麗で可愛くて優しくてしっかり者で、いつだって僕のことを一番に想ってくれている。君なんかよりずっと素敵な人だよ。……だから僕は君には惹かれないし揺らがない。触れたいのも抱きたいのもこの人だけだ」



 ――本人を目の前にして何を言い出すんだお前は!
 言いたかったが声が出ない。顔も耳も、火照っているからきっと赤い。

「……恥ずかしいなら、耳を塞いでいてあげますよ」

 耳元で囁かれてゾクリとした。そして北条は本当に、両手で私の耳を塞いでしまった。――何も、聞こえない。






「もし紫サンを傷つけるつもりなら、容赦しないよ。僕は全力で彼女を守るから。
……消えて。僕たちの前から。君は、必要ない」






 だから、北条が何か言っていたのはわかったけれど、何と言ったのかはわからなかった。
 目の前の少女が泣きそうに顔を歪める。そしてこちらを睨みつけてから走り去った。
 怪訝そうな顔で北条を見上げると、彼は耳を塞いでいた手を腰に回して、優しく微笑んでくる。

「北条……何言った?」
「僕は紫サン以外は要らない、って言ったんですよ」

 ……嘘ではなさそうだが、事実全てという訳でもなさそうだ。だが問い詰めたところで、北条はそれ以上を言わないだろう。
 私はため息をついて北条の腕を外した。少し残念そうな彼の顔を見て微笑む。
 ――きちんと、話をしよう。私のために、彼のために。



「北条。話がある。……少し、つき合ってくれ」


 
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