休日と姉とヒマワリ |
休日は楽な格好がいい。 メンズライクな太めのジーンズにシンプルなタンクトップ、その上に薄手のシャツを羽織る。足元は黒のサンダル、踵のある靴は走れないから嫌いだ。 季節がら、襟足が鬱陶しいので高い位置で髪を束ねた。財布と携帯だけを入れた小さなショルダーを肩にかけ、自転車に跨って風を切る。ああ、気持ち良い。 目当ての本屋の開店までは時間があるので、少し時間を潰そうとまゆ姉が勤めている花屋に寄った。綺麗な花と大好きな姉に癒やしてもらおう。 扉を開けると、チリンチリン。入口のベルが軽やかな音を立てた。まだ早い時間だと言うのに客の相手をしていたまゆ姉は、ベルの音に反応して顔を上げた。 「いらっしゃいませー……あら紫」 「え……あ、紫サン!」 振り返った背の高い客は北条だった。 細身のTシャツに細身のジーンズという組み合わせは、いつもよりさらに彼の背を高く見せている。それはムカつくが良く似合っているのも確かだ。……しかし何故コイツがここに居る。 私は率直に尋ねた。 「北条……どうしてお前がここにいる?」 「僕は店で使う花を取りに来たんです」 「大海君のお家にはいつも贔屓してもらってるのよ」 北条の返事に被せて、まゆ姉が柔らかく笑った。……そう言えば北条の家は美容院だった。学校は休みでも店は営業しているし、休みの日に家の手伝いをしているのは偉いなと思う。まゆ姉と親しげに話をしていたのにも合点がいった。 「ところで、紫サンはどうしてここに?」 ……どうしてだろうな。少なくとも北条に会うためではなかったはずだ。 眉をしかめた私を見て、まゆ姉が首を傾げた。そして問いかけた相手は、私ではなく北条の方だった。 「大海君……紫の友だちだったの?」 問われた北条が私の方を見て尋ねる。 「どうなんですかね、紫サン?」 「……何故私に聞く?」 「だって答え方次第じゃ、紫サン怒りそうなんだもん」 「いいのよ大海君。あなたの思うように答えて頂戴」 まゆ姉が笑顔でスイッチを入れた。……ヤバい。私は北条を制止しようとしたが、それより早く爆弾が投下された。 「えっと、紫サンは、僕の大好きな人です」 「北条!」 ……時既に遅し。適度に空調のきいた室内なのに一気に暑くなる。 まゆ姉がちょっとびっくり顔で聞いてきた。 「あらそうなの、紫?」 「北条が勝手にそう言ってるだけだ!」 「今は僕の片想い中なんです。でもそのうち両想いになりますから!」 「そう。頑張ってね、大海君。応援するわ」 「北条! まゆ姉!」 ああ、もう。逃げよう。踵を返した私を、あくまで柔らかなまゆ姉の声が押し止めた。 「紫……もう帰っちゃうの?」 「帰る!」 「本当に?」 「……帰る」 「そう……帰っちゃうの……」 どうして私が居たたまれない気分になるんだろう。淋しそうなまゆ姉の姿を見ていると、前言撤回したい気分になって仕方がない。 ぐらついた私に、さらにまゆ姉が追い討ちをかける。 「せっかく来てくれたのに……」 「…………もうちょっとしたら帰る」 ――結局私は、まゆ姉には勝てない。 まゆ姉が忙しく北条の用事を済ませている間、私は店内の切り花を眺めていた。赤。黄。オレンジ。ビビッドなピンク。この時期はカラフルなビタミンカラーの花が目を引く。 さり気なく隣に立った北条が聞いてきた。 「紫サンはどんな花が好きなんですか?」 「見る分飾る分なら何でも好きだよ。育てるのはまた別だけど。今はビタミンカラーが目につくけど、暑くなってきたから、白やブルー系の涼しげな色もいいよな」 「……僕があげたら、もらってくれます?」 またコイツはナチュラルにそんなことを聞く。私はため息混じりに答えた。 「…………花に罪はないからな」 仕事をしているまゆ姉が、私たちの会話に興味津々耳を傾けているのがわかる。どうしてここに来たんだろう。またその思考が湧いてきた。私は花とまゆ姉に癒やしてもらいにきたのであって、疲れるためにきたのではない。 「今日はいらないぞ。今から出かける用がある。すぐに萎れる」 どれがいいかなと花を見分しだした北条に釘を差しておいてから、私は花に目を戻した。 ふと大輪のヒマワリに目が留まる。北条みたいだなとちょっと思った。見上げる程に背が高くて、明るくて、元気なイメージの花。 チラリと北条を見遣ると、目が合ったので私は慌てて違う花に目を遣った。 ――太陽を追いかけるヒマワリみたいに、北条はいつも私のことを見ていて。 それが、ものすごく、くすぐったい。 山吹色の花の束を抱えたまゆ姉が北条を呼んだ。小声だったので何を言ったのかは聞き取れなかったが、北条が嬉しそうにありがとうございますと言うのは聞こえた。 ようやく北条から解放される。ため息をついた私をまゆ姉が手招きした。……何だろう。 そして私は、予想だにしないセリフに、眉をそびやかすことになる。 「紫。ちょっと大海君を手伝ってあげてくれない?」 |