『like』と『love』



 


 真雪サンは、十年も小鳥遊先生に想われていながらどうしてその想いに応えないんだろう。
 それが気になって尋ねてみたら、紫サンはちょっと複雑そうな顔をした。

「まゆ姉もな、別に小鳥遊が嫌いなわけではないんだ。ただまゆ姉の小鳥遊への気持ちはずっと、『love』ではなくて『like』だ。……アイツも報われない奴だよ」






 それを聞いて、小鳥遊先生と自分は、ちょっと境遇が似ているなと思った。

 相手の心を欲して止まない自分たち。
 自分は『like』を『love』に変えるつもりだし、その自信もある。
 小鳥遊先生はどうなんだろう。真雪サンの『like』は、『love』にはならないんだろうか。

 考え込んだ自分を見て、紫サンはちょっとだけ笑った。

「まゆ姉の心を攫っていった奴がいるからな。ソイツに勝てなきゃ、『like』はいつまで経っても『like』のままだ」
「……つまりお姉さんには、好きな人がいるということですか?」
「ああ」

 紫サンは頷いて、そして窓の外を見遣った。遠い、遠い目。一体何を見ているのだろうか。
 暫く空を見上げた後、彼女は乾いた声でポツリと言った。



「……空の、上にな」






 ――空の、上。

 理由を悟って、言葉を失った。



「彼はもう亡くなった、らしい。六年……いや、七年になるのか。それを知ったのは、二年ほど前のことだがな」






 ――大切な人を亡くす辛さは、覚えがある。

 自分も亡くした。まだ小さかった時。
 大好きな、母親を。

 そして大好きな人を亡くしても、その代わりはないことを、自分は良く知っている。



 ……痛いなあ。

 無意識に胸を押さえた。母を亡くして胸にぽっかりと空いた穴は、塞がったように見えて決して塞がっているわけではないのだと思い知らされる。



 ――気づいたら、無意識に口が動いていた。






「紫サン」
「何だ?」
「……ちょっとだけ、ぎゅっとしてもいいですか?」



 何の脈絡もなくそう言った自分は、一体どんな顔をしていたのだろう。

 いつもなら怒る筈の紫サンは、何故か大きなため息を吐いた。そして立ち上がった彼女は、椅子に座る自分の頭をぎゅっと抱きしめた。

 …………え……?






「抱きしめたいというより、抱きしめられたいという顔をしていたぞ。途方にくれた子どもみたいな顔だ」

 温かいぬくもりが頬に伝わる。そして少しだけ怒ったような彼女の声が聞こえた。



「……お前が、そんな顔で笑うな」



 彼女はそう言って、それきり何も聞かなかった。

 その優しさとぬくもりを享受しながら、そっと、目を閉じる。
 ――人に抱きしめられたのは、母が亡くなってから初めてだと、そう、思った。






『like』と『love』



 亡くした大事な人の代わりじゃない。
 抱きしめてくれているのが大好きなあなただから、
 安心、するんです。

 ――だって『love』だから。


 
日常 かんな 志乃 なの 紫1 
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