![]() | ふて寝と誤解とヤキモチ |
バタン! 派手に開け放たれた扉の音に、私は眉をしかめて書架から顔を其方に向けた。誰だ騒がしくしてるのは。 それが見慣れた背の高い姿で、不機嫌な顔のままいつもの定位置に移動するのを見て、私はそのままの顔で首を傾げた。……アイツ、どうしたんだ? 気になって様子を見に行くと、北条は長椅子に寝転がっていた。背の高い彼を納めるには長椅子は些か小さすぎる。足を床に投げ出し腕で顔を隠したまま微動だにしない北条に、私は声をかけた。 「北条。ここは寝床じゃない。寝るんなら保健室へ行け」 返事はない。ふて寝を決め込んでいるのは明白で、私はため息をついた。 「珍しいな。なのと喧嘩するなんて」 「別に吉野の所為じゃありません」 「……じゃあ小鳥遊が何か?」 何の気なしに聞いた問いだったが、沈黙は何よりも雄弁だった。私は再びため息をついた。 「すまんな。アイツは一体、お前に何を言ったんだ?」 そう言うと、北条は腕をのけてこちらを見た。どこか余裕のない顔をしていると思う間もなく、半身を起こした北条に両腕を掴まれた。 「っどうして……どうしてあなたが謝るんですか!?」 北条の剣幕に驚きながらも、私は首を傾げた。そう言えば。 「何でだろうな?」 「あなたも……そう言うんですね……」 「……北条?」 北条は俯いた。何か、どこか、様子がおかしい。その原因がわからないのになんと声をかければ良いかわからず、私はそのまま彼が喋り出すのを待った。 俯いたままの北条が口を開いたのは、それからしばらく経ってからだった。 「紫サン。ひとつ聞いてもいいですか?」 「答えられることならな」 「小鳥遊……先生とは、どういう関係なんですか?」 「どういうって……」 難しい質問をしてくる。小鳥遊と私の間には関係性はない筈で、むしろどういう存在かと問われた方が答えやすかった。 答えに窮していると、先に北条が重ねて問うてきた。 「……それは、答えられないことですか?」 「北条?」 「答えに困るような関係なんですか?」 「ちょっと待て、北条。少し落ち着け」 この期に及んで私は、北条が何か誤解をしているらしいことに気がついた。両の二の腕を掴まれているので自由になるのは手先だけ、その手先で座る彼の頭を軽く叩く。 「答えに、じゃなくて説明に困る関係だ。でも、ちゃんと順を追って説明する。だから聞いてくれ」 私は北条の手を剥がすと、彼の斜向かいの椅子に腰掛けた。ちゃんと座り直した北条の、彼らしくない彼の顔を真っ直ぐ見据える。 「小鳥遊は姉の中高の同級生でな。中学の時からずっと姉に一方的に想いを寄せているんだ。……時折家にまでちょっかい出しに来るもんだから、その都度私が追い払っている。大好きで大事な姉につきまとうアイツは、私にとって害虫でしかない」 「小鳥遊先生は……紫サンのお姉さんが、好きなんですか?」 「そうだ」 きっぱり言い切ると、北条は大きな大きなため息をついて再び俯いた。そしてため息とは比べ物にならないくらい小さな声で言う。 「……僕、あのひとがあなたに気があるんじゃないかって思ってました」 「止めてくれ。冗談でもお断りだ」 「でもそう思ったんです。年上で、あなたを呼び捨てにできるくらいあなたのことを良く知っていて、……何よりあなたが気安いから」 …………え? 彼の言葉が理解できない。北条を見遣ると、顔を上げた彼の表情はいつも通りのそれだった。私を見ながら、悪戯っぽく笑う。 「わかりませんか? ……ヤキモチですよ」 ヤキモチ。……つまり、嫉妬。 「え?」 「覚えておいてください、紫サン。僕、結構、心狭いみたいです」 「え!?」 「他の男に目を向けないで。ちゃんと僕だけ見ていてくださいね」 「ほ……北条?」 「ね?」 詰め寄られ、下がる背中が背もたれに当たる。逃げられない、思った瞬間足と口が同時に動いた。 「お前以外見る余裕あるか、バカ!」 向こう脛を蹴っ飛ばし、目を見開いた北条を押しのけて、私は図書室を飛び出した。 答え方を間違った、かも知れない。 それに気づいたのはバクバク言っていた鼓動が静まってからで。 今日はまだ部活が終わっておらず北条とも絶対に顔を合わさなければいけないことを思い出し、私は頭を抱えたのだった。 |