気になる、だから気になる



 


「小鳥遊」
「学校では『先生』付けろって言ってるだろ鷹月」
「部室は私のプライベートルームだ。よってお前に敬意を払う必要はない」
「とんでもない理屈をこねるなお前は!」
「いいから昔の情報を記憶の底から引っ張り出せ。洗いざらいだ。せっかくOBのお前がいるんだ、今のうちに把握しておく。そして文芸部に必要なものだけ残して、さっさと彼方へ帰れ」
「紫……お前学校出たら覚えてろよ……」
「小鳥遊。名前」
「……いちいちムカつくヤツだなお前は……」






(彼女が)気になる、
だから(彼が)気になる



 二人の会話を聞きながら、大海は日課となった新聞コラムの書写をしていた。さっきから何度もシャーペンの芯が折れる。その度にカチカチ、カチカチ……カチカチ。とうとう芯が出なくなった。
 大海は大きなため息をついた。全然進まない。

 小鳥遊陽と言う男は、紫の姉の同級生だと聞いた。それだけだろうか。ちょっと気安すぎる気がする。紫が……何というか、やけに子どもっぽい突っかかり方をしている。
 つまり大海は気に入らないのだ、あの教育実習生が。
 昔の紫を知る男。年上の男。紫のことを名前で呼び捨てる男。――紫に、意識されている男。

 苛立ちが筆圧に出て、シャーペンの芯がすぐ折れる。芯を足したところでいくらあっても足りないだろう。今なら鉛筆の芯でも折れそうだ。
 大海は書きかけのノートに新聞を挟んで閉じた。……二人が気になったから、いつもの第二図書室に行かずに部室に残ったのに、こっちにいたらいたで何も手に着かない。ああもう。

 今流行りの恋愛小説をめくるフリをしながら、あちらとこちらを交互に見遣りニヤニヤしていたなのと目があった。
 ……八つ当たり決定だ。大海はなのに歩み寄る。だが口火を切ったのはなのだった。



「荒れてるねー、北条くん」
「お陰様でね!」
「わお。大荒れだー。……紫センパイ取られちゃったからって、そんなにイライラしないでよね」
「吉野……ケンカ売ってんなら買うよ?」
「やだよ。勝てないもん。そうだ、どうせなら小鳥遊先生に売りに行けばいいじゃん。紫センパイは僕のです! って」
「……そんな子どもじみた真似したくない」
「あたしたちにはしてるじゃん。いっつも図書室で紫センパイ独占してるくせに」
「羨ましいだろ。でも代わらないから」
「んもームカつく!」
「……北条、なの、うるさいぞ! 喧嘩するなら外へ行け!」

 脇から紫の怒号が飛んで、大海となのは口を噤んだ。なのはふくれっ面で本の続きを開き、大海は仕方なしに席に戻る。
 その紫は小鳥遊に二点三点確認を取ると、スカートの裾を翻し軽やかに部屋を出て行った。すぐに扉の音がしたので、隣の図書室に行ったらしい。後を追おうと腰を浮かせかけた大海を、……小鳥遊の声が制した。



「北条、だっけ。君、紫のこと好きなの?」



 不躾なまでに直球な問いかけに、大海は無言で応じた。だが小鳥遊はニヤリと口角を上げる。

「大変だろ、アレ。じゃじゃ馬だし可愛げないしすぐ手足出るし口は悪いし。君、アレのどこが気に入ったの?」
「あなたに答える義務はありません。そして彼女への暴言は止めてください」
「だが聞く権利はあるんだな、オレには。何故ならば紫はオレの……おっとここからはシークレットだ」

 小鳥遊の人をおちょくったような言い回しが、くすぶっていた大海の導火線に火を点けた。



「一体あなたは何なんですか? 人をダシに遊びたいだけなら帰ってください!」
「ん? オレは紫の……さて何だろうな?」

 だがニヤニヤ笑う小鳥遊の言葉は、大海の感情を逆撫でするだけだ。

「教師が生徒に手を出すつもりですか」
「そんなことは一言も言ってないだろ?」
「じゃあそうとられかねない言動は慎んでください。そしてさっさと帰ってください」
「とりあえずは帰らんよ、実習期間中だけとはいえ部活の担当なんだし、紫はまだオレが必要みたいだからな」






 最後の台詞に、大海は凍てつくような瞳で小鳥遊を睨みつけた。そして無言で立ち上がると部室を出て行った。――荒々しく扉を叩きつけながら。

 なのが、恐る恐るといった風に小鳥遊に問いかける。

「小鳥遊先生……北条くんの感情を逆撫でして楽しいですか?」
「楽しいよ? 若いっていいなあと思う。知ってるか吉野、『青春』って『青い春』って書くんだぜ?」
「……そのくらいは知ってます……」

 小鳥遊先生の本意はよくわからない。でも北条くんが心配するようなことは、きっと何もないのにな。
 なのはそう思ったが、恋愛は当人同士より他人の方が良く把握できるもの、とさっきまで読んでいた本に書いてあったので、とりあえず傍観することに決めて、読書に戻るべく本に夾んでいた栞を抜いた。


 
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