祝福のカタチ |
難攻不落の鷹月先輩が、ついに北条に落ちた。 そのトピックが学校を席巻するのに、それ程時間はかからなかった。 一年男子でも彼女に焦がれる男はいたようで、嘆く声もちらほら耳にしたが、それよりは、彼女の心を勝ち取った北条を讃え祝福する声の方が多かった。 ……が。 「北条、どうよ? 鷹月先輩とは」 「んー? どうって?」 「あのクールビューティーが、彼氏の前でどう変わるのかすっげー気になる!」 「なあなあ、もうキスとかした?」 「教えなーい」 ――頼むからリアルを掘り下げてくれるな。俺は心底そう思った。 それから北条。そんなデレデレな顔してたら何も隠せないぞ。 喋らなくても惚気ているに等しい北条のその顔を見て、話しかけたクラスメートたちもさすがに当てられたことに気づいたらしい。 「ああもう羨ましいぞ北条!」 常日頃から彼女が欲しいと広言している中上が、頭を抱えて叫び声を上げる。……喧しい。 「オレもあんな美人な彼女欲しい!」 「羨ましくても紫サンは僕のだから。羨むんなら相手を探しなよ、そして落とせば良いじゃんか」 「だって綺麗な子や可愛い子は、だいたい皆彼氏持ちじゃん。フリーでいるのって誰よ?」 至極真っ当な北条の言葉に、だが中上は即座に反論した。それに食いついたのは北条ではなく中上と同じサッカー部の松嶋で、首をひねりながら口を開く。 「同じ文芸部の佐伯先輩とか? 全然浮いた噂聞かないけど」 「あんな可愛い人だぞ! 絶対彼氏いるって。校内じゃないかもしれないし」 彼女が欲しいと言う割に、ずいぶん後ろ向きな姿勢だから彼女ができないんだ。俺はそう思ったが助言は控えておいた。そのくらいは自分で気づけ。 「あーホンッと文芸部ってレベル高ぇよなー。鷹月先輩、佐伯先輩はもちろん、相澤先輩も」 「綺麗で清楚で優しそうで、……生徒会長のお手つきか……はあ……」 「吉野……は……まあ置いといて」 中上がチラッと俺を見た。……何が言いたい。 「……北条! ハーレム羨ましいぞ!!」 「どうして? 僕は紫サンがいれば他は別にどうでもいいんだけど」 ……文芸部の面々に刺されそうなセリフで惚気ないでくれ北条。もし吉野に聞かれたら、怒涛の勢いでお前の文句を聞かされる羽目になる。俺が。 その時教室の入口がざわめいた。釣られてそちらに目をやった北条が、喜色満面な笑みを浮かべる。 「……紫サン!」 忠犬よろしくそちらにすっ飛んでいった北条を見て、中上がため息混じりにああ羨ましいと零した。松嶋も激しく同意する。 鷹月先輩の良く通る声が、教室の中のここまで届いた。 「北条。なのはいないか?」 「紫サン! 僕に会いに来てくれたんですか?」 「……人の話はちゃんと聞け。私はなのを捜しにきただけだ。アイツは自分のクラスよりこっちに来た方が捕まえやすいからな」 「吉野だったら見てないですよ」 「そうか」 そう言えば今日は吉野を見ていない。道理で平和で物足りない気がしたはずだ。……そう考えてから俺は後半部分を打ち消した。平和だ平和! 「それより紫サンは、僕に会いたくなかったんですか?」 「……は? どうしてそうなる」 「僕は紫サンが教室まで来てくれて嬉しかったのに……」 ――しょんぼりと言う言葉を体現したら、きっと今の北条になるのだろう。 大衆の面前でバカップル丸出しの発言をした挙げ句、一人で萎れてしまった北条を見て、鷹月先輩は盛大なため息をついた。これは怒声か説教のパターンだ。 だが鷹月先輩のとった行動はどちらでもなかった。腕を伸ばして北条の襟首を掴むと自分の方に引き寄せる。そして北条の耳元で何か囁くと、すぐに手を離した。 「……なのを見かけたら伝えておいてくれ。今日のランチミーティングは後日に延期すると」 そしてそれだけ言いおいて、足早に踵を返してしまった。 教室の入口でボーっと鷹月先輩を見送る北条は、いつまで経ってもこちらに帰って来ようとしない。中上がやっかみ半分で声をかけに行った。 「北条。何言われたんだ?」 そしてその顔を見て、うげっと変な声を上げる。振り返った北条の顔は俺にも見えた。 「……絶対、教えない」 男が顔を赤らめるな。そう思ったが、幸せそうな笑顔の北条に俺は何も言う気になれず、ただため息を零すに留めた。 北条が、彼女の心を得ようと頑張ってきたことは良くわかっている。 待って、耐えて、粘って、ようやく本懐を遂げた今くらい、無粋な横やりは入れないでおいてやろう。俺からの、せめてもの祝福だ。 「畜生! 羨ましいぞ北条!」 「羨ましかったら彼女作れば?」 「できるならそうしてるわ畜生!!」 せめてもの…… 「すればいいじゃん。それより僕、今幸せなんだから。ちょっとくらい幸せに浸らせてよね」 「惚気るな!」 「…………喧しいぞお前ら!」 あまりの喧騒に、俺は思わず怒鳴り声を上げた。 |