彼の決断、彼女の決断 |
「結局あの二人、どうなったんでしょうね?」 「……元サヤ?」 「うーん。そんなような、違うような……」 部室に戻ってきた紫ちゃんは、憑き物が落ちたみたいなさっぱりした顔をしていた。 あとについて来た北条君も、いつもと同じ顔をしてて。 劇的に何かが変わった風でもなし、かといって険悪な雰囲気でもなし。二人がいつも通りすぎて、図書室で二人の間に何があったのか、さっぱり読めなかった。 「ええと……紫ちゃん、大丈夫?」 「心配かけてごめん、皆。私は大丈夫」 「うわーん! 紫センパイ、心配したんですよ!」 「ホントごめんね、なのっち」 「とりあえず、いつもの紫ちゃんが戻ってきたみたいね。良かった」 「志乃ちゃんも、ありがと」 とりあえず、紫ちゃんが笑顔を浮かべていることに安堵した。でも一体どうなったのか。 「……悩み事は、もういいの?」 「うん」 わたしの問いかけに、紫ちゃんはきっぱりと頷いた。 「ちゃんと自分と向き合うことにした。答えはまだ見つからないけど、きっと自分の中にあるから」 ――そう言い切った紫ちゃんの顔は、とても綺麗だと、そう思った。 今日はちょっと遅くなった。一緒に原稿を書いていた紫ちゃんは先に片づけを始めたので、図書室の施錠をお願いしてわたしはもう少しだけとパソコンに向かった。 ……それでも今日は完成しそうにない。書きかけの原稿を保存すべくパソコンを操作していると、扉が開いた。 「紫ちゃん?」 顔を上げると、そこにいたのは先に帰った筈の北条君だった。 「相澤先輩。まだ残ってたんですか?」 「うん。ちょっと筆が進んで遅くなっちゃった。北条君は?」 「僕は紫サンを待ってたんです」 「……そう」 北条君って、本当にマメな子。でもそのマメさって大切なのよね。 そう考えて、それからわたしはこの際だからと気になっていたことを口にした。 「ねえ北条君。聞いても良い?」 「……何でしょう」 「一体紫ちゃんに何を言ったの?」 北条君が苦笑したのは、きっとその質問を予測していたからだろう。 「ちゃんと正面から告白しただけですよ」 「それだけ?」 「あとは紫サンが答えを出すまで、今まで通りでいさせてくださいってお願いしました。それだけです」 北条君は紫ちゃんが自分の気持ちに答えを出すまで待つことにしたらしい。 待つことは難しい。誰だってすぐに答えが欲しい。 でも北条君はそう決めたのだ。きっとそれが、紫ちゃんのために一番いいと思ったから。 「NOの返事は聞きませんよ。僕が欲しいのはYESだけです。あとはそう言わせるように頑張るだけです」 そう言って笑う北条君は、とびきりカッコ良く見えた。 「北条君……貴方って、いい男ね」 わたしが思わず漏らした言葉に、彼はきょとんとして、それから困ったように笑った。 「褒めても、何も出ませんよ」 その返事に、わたしも思わず笑った。 律動的な足音が聞こえてきたかと思ったら、扉が勢い良く開け放たれた。入口近くに立っていた北条君は、その前にさり気なく扉から離れている。 「かんなちゃん。図書室閉めたよ……ってあれ? 北条、お前帰ったんじゃないのか?」 「だって紫サンが帰ってないんですもん。遅くなったから、送っていこうと思って」 「要らん要らん。お前は徒歩五分圏内の住人だろう。私はチャリ通だ」 「大丈夫です! ちゃんと家に帰って、自転車取ってきましたから!」 「そこまでするか……」 「しますよ。あなたのためだから」 聞いている方が照れてしまうような直球ど真ん中のセリフに、紫ちゃんは一気に真っ赤になった。無理もないけど、そういう姿はとても可愛らしい。 「……勝手にしろ」 「はい。勝手にします」 ふてくされたように照れている紫ちゃんと。 一緒に帰る権利を勝ち取った笑顔の北条君と。 よけいなお世話を焼こうかとも思ったけど、どうやら、わたしの出る幕はないみたい。 紫ちゃんが決めて、北条君も決めた。 二人の決断で、二人がどう変わるのか。 それはもうすぐ、わかるはず。 |