![]() | 非難と冷たさとイレギュラー |
モヤモヤが晴れないまま幾日か経った。 授業が終わり、部室に行こうと歩いていると、行く手を阻むように渡り廊下に三人の女子が立っていた。道を塞がれた私は仕方無く足を止める。 すると真ん中にいたショートカットの女子が声をかけてきた。 「……鷹月先輩……ですね」 私を先輩と呼ぶからには、見知らぬ彼女たちは一年生なのだろう。だが何の用だろうか。内心首を傾げながら私は頷いた。 「そうだけど。私に、何か用?」 応じた私を、彼女はキッと睨みつける。そして予想だにしない問いかけを放った。 「単刀直入に聞きます。鷹月先輩って、北条君の何なんですか?」 顔を真っ赤にしながら聞いてくる彼女は、恋する女の子の顔をしていた。 ――恋をしている女の子は、可愛くて綺麗だ。 いつもの私なら、彼女の姿は微笑ましく好ましく感じられる筈。だが今日は何故か、胸のモヤモヤがいや増しただけだった。 「……ただの、部活の先輩だけど」 「それだけですか?」 そう返した私に、今度は隣にいた二人がステレオで言い募る。 「それだけだって言うんなら、彼に気を持たせるようなことしないでください」 「そうですよ。彼が可哀想です」 ――気を持たせる? ――北条が可哀想? ……何故? どうしてそうなる? 彼女たちの言葉が理解できない、私はおかしいのだろうか。 三人は私の返事を待っている。 私は何と答えれば良いのか迷った。そして。 「……ちょっと待って」 口を開いたのは私ではなかった。 背後から伸びてきた腕が私を抱きすくめる。驚きの声を上げようとした私の口を、大きな手がそっと塞いだ。 「北条君……」 女子たちが私の背後を見て、驚きと羞恥と怯えの混ざったような顔になった。 だが私はそれどころではない。一体なんだこの状況は!? 両腕ごと抱き込まれているので身動きはおろか、口を塞ぐ手を退けることもできない。 ――そして背後の北条の顔は、 その真意は、見えない。 「可哀想とか、勝手に決めないで。僕はこれでいいんだから」 ただ、北条の声がいつもと全然違う。優しくなくて、かけらも温かみがなくて、むしろ―― 「僕は全力でこのひとを好きなんだから。好きな人に振り向いてもらおうと頑張ってる僕を、可哀想とか言わないで。……僕を理由にして、君たちがこのひとを傷つけないで」 ――切りつけるような冷たい声にゾッとした。 駄目だ。北条。それ以上は―― 私は口を塞いだ北条の掌に噛みついた。反射的に引っ込む手をさらに顎で押し退け、叫ぶ。 「駄目だ!」 さすがに吃驚した顔をしている北条に、私は言った。 「彼女たちはただ、お前の為に行動を起こしただけだ。お前がそれを否定するな。……彼女たちを傷つけるな」 好きな相手の為に行動を起こせる彼女たち。 対して私は彼女たちと同じ土俵に立つことすら厭っていて。 ――どちらが勇敢かは、明白だ。 私は女の子たちに向き直る。そしておどおどしていた三人に頭を下げた。 「すまなかった。私の態度に問題があること、教えてくれてありがとう」 まさか謝られるとは思わなかったのだろう。目に見えて狼狽した三人には構わず、私は無言のままの北条を肘でつついた。 「お前も謝れ」 「どうしてですか」 「彼女たちを傷つけようとしてただろう」 北条はため息をついた。そして三人に向かって頭を下げた。 「ごめん。……でも君たちの想いには応えられない」 三人が立ち去った後には、気まずい空気が残された。 はあーっ。今日一番大きなため息が、頭上から降ってくる。 「……紫サンって、女の子には本当に優しいですよね」 「当たり前だ。女子は繊細で傷つきやすいんだからな」 「はあ……その優しさの半分でもいいから、僕にくれませんかね……」 またため息。私が口を開くより早く、でも、と言葉が続けられる。 「あなたも女の子だってこと、忘れていませんか?」 「……忘れたな。私は彼女たちとは違う」 そう。 イレギュラーなのは、私の方だ。 恋なんてしたくない。自分は変わりたくない。要らない。だから恋なんて私には関係ない。 私はずっと逃げていた。 北条がハッキリ口にしないのを良いことに、彼の本心から。 本当はわかっていた。彼がただの人懐っこい後輩ではないと。私を異性として好きなのだと。 それでもハッキリ言われたことはなかったから、知らないフリをしていた。 ハッキリさせてしまったら――いつの間にか居心地が良くなっていたこの関係を、保てなくなってしまうから。 だが北条は、自分のことを『好き』だと言った。 ならば私は答えを返さなければいけない。まだ答えは見つかっていないのに―― 「北条。私は……」 「紫サン、今は何も言わないでください」 何を言うかも判らないまま言いかけた言葉は、だが他ならぬ彼自身によって遮られた。 「今のあなたに、答えを求めようとは思ってません。……だってあなたは答えを持っていないでしょう?」 だから今日聞いたことは忘れてください。彼はそう言って少し淋しそうに笑った。 ――北条は、ちゃんと解っていたのだ。私が答えを持っていないこと。 だから今まで本心を告げて答えを求めようとはしなかった。今の一件がなかったら、これからもそうしなかったのだろう。 きっと、彼自身が今だと思う時まで。 ……お前は、こんなときでも、笑うんだな。 淋しそうな北条の笑顔が、棘のように、モヤモヤした心に引っかかった。 |