猫、彼を想う









我が輩は野良である。
名前もまた野良である。





と夏目漱石の『我が輩は猫である』風に語ってみたけれど、ボクは小出高校の裏庭を中心に縄張りを持つ普通の野良猫だ。
名前が『野良』なのは頼んだ訳でもなく、あちらも何気なしにと言った具合でボクの面倒を見てくれる人が付けてくれた――いや、勝手に付けられた。
だって、どうせならもっと格好良い名前が欲しかったな。

でも贅沢は言えないね。
本来野良猫ならば『名前』すら持っていないんだから。

そして今日もボクの名付け親が朝御飯を持って裏庭にやってきた。
ボクの耳がピンッと立って彼の気配を察知する。
人間の中では彼は気配を消すのが上手いらしいんだけど猫のボクを甘く見られちゃ困るんだな。

気配だって彼こと椎名君だけじゃなくて、よくここに顔を出すようになった女の子のことも見分けることが出来る。
さて女の子の名前だが、椎名君が一向に呼ばないからボクもまだ知らないの。





「……野良、降りておいで。」

小さいけれど穏やかな声に招かれてボクは裏山から小出高校の裏庭まで一気に降る。お腹がペコペコだ。
でも先ずは頭を撫でてもらいたい。あの細い手でボクの頭なんてすっぽりと覆って。

「……野良?」
「ニャア。」

今行くよ、待ってて。





ボクが椎名君の元の駆け寄るとやっぱり餌の前に頭をすっぽり覆って優しく撫でてくれた。
ボクはこの撫でられ心地が大好き。
椎名君も僅かだけど笑ってる。
この顔はボクしか知らないのかもしれない。
だって彼は人間と一線を引いているから。
前にね、ポツリポツリ語ってくれたんだ。大きな裏切りにあったこと。それが『トラウマ』なんだって。
虎と馬?猫のボクには意味が解らないんだけど、大きな傷を抱えているのは確かで。
偶にボクじゃない向こう側を見つめる瞬間があるんだ。きっと辛い過去を思い出しているんだろうね。





ボクも裏切りと言えば裏切りに遭ったことはあるよ。
ママに捨てられちゃった。正確には迷子になって生き別れちゃった、って感じかな。
でもママはボクを探しに来てくれなかった。裏山でミャアミャア必死に冷たい雨に濡れながら泣くしか知らなかった。





そんなボクを見付けてくれたのが椎名君だった。
着ていた洋服で躊躇いなく、ボクを包んでくれた。ボクは泥んこに汚れていたにも関わらずだよ?

だから椎名君はボクの恩人で友達。
言葉は通じないけど、椎名君を見てれば何を思っているか大体解る。ボクの自慢の一つさ。





だからボクは『トラウマ』というものにならなくて済んだんだ。
小さな生物まで大切にしてくれる彼のお陰でね。
一昨日は土弄りで出くわした蚓をちょんちょんって撫でてたよ。
……あ、引かないで?
椎名君は生物マニアだから血が騒ぐ性質なんだ。そこの理解は宜しくね。





只、ボクはこうして自分の居場所とパートナーを見付けることが出来た。
でも椎名君はいつまでもボク達だけって訳には行かないと思うんだ。
人間には人間の世界があるんだもの。
彼に一人でもいいから理解者が欲しいってボクは考えてる。彼はいつも孤独で、孤独を好みながら、本当は誰より人間との接触を求めているから――。





名前も知らない女の子がそうであれば良いなって。
あの子の撫で方は椎名君にとても似ている。
違うのは手の大きさ。彼女の手は漸くボクの頭を覆えるくらいだから。
でもそんな小さな手が本当は優しくて寂しがっている彼に届いて欲しい。

彼と彼女の気持ちは知らないけど、ボクの勝手な願い。





「あ、野良ちゃん。」

歌うように名前を呼ばれて振り返る。あの女の子が裏庭にやって来た。
ボクは真っ直ぐ彼女に駈けていく。





「ニャア。」

今日もいらっしゃい、待ってたよ。





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