頂きます、後、御馳走様



 


 昼休憩、読み終わった本を返しに第二図書室にやってきたら、隣の部室でお弁当を食べている紫サンを見つけた。
 急いで本を返して、違う本を持って部室に戻る。ランチタイムの紫サンの隣で本を開く。……幸せだ。

 紫サンのお弁当は、少食な紫サンに合わせた小さいサイズ。それなのに品数が豊富で、とても美味しそうだ。あまり手作り弁当なんかに縁のない家庭で育ったので、つい気になってチラチラ見てしまう。
 視線を感じたのか、黙々とお弁当を食べていた紫サンが顔を上げた。

「どうした、北条?」
「あ……ええと。お弁当、美味しそうだなあって」
「美味いぞ。食べるか?」



 紫サンはフォークに刺した卵焼きを、何の躊躇いもなく僕に差し出した。






頂きます、後、御馳走様



 彼女はとても照れ屋な癖に、変なところでてらいがない。

 ……つまり今のこの状況は、俗に言う『あーんして?』みたいな感じで。
 限りなく嬉しいのだが、このシチュエーションはラブラブな恋人同士のお約束であって、恋人(希望)な自分が味わえる状況では到底ない、と思う。

 けれど実際は、目の前で、卵焼きが僕に食べられるのを待っていて。
 揺れるフォークに刺さった卵焼きは不安定で、このままだと落ちてしまうかもしれない。でも自分にとってこのハードルはかなり高くて。……葛藤。

 いつまで経っても動こうとしない僕を見て、紫サンは首を傾げた。



「食べないのか?」
「いえっ、頂きます!」

 紫サンの声と焦りに背中を押されて、パクリ。僕は卵焼きをひと思いに口にした。
 ……本当に美味しい。砂糖甘さと塩気のバランスが絶妙で、中は程よい半熟。

「美味しいです……」
「だろう? 母さんの卵焼きは絶品なんだ」

 自分を褒められた時より嬉しそうに紫サンは言う。彼女は身内をとても大事にする人なのだ。

「お母さん、お料理上手なんですね」
「上手い下手はともかく、好きなんだろうな。『好きこそものの上手なれ』と言うだろう」

 ほら、これも美味いぞ? 今度はフォークに刺した唐揚げを差し出してくれた。
 ……ああもう。この人は。



 僕はフォークを持った紫サンの手を取ると、手ごと自分の方に近づけて唐揚げを食べた。……うん。文句なしに美味しい。

 それから驚き顔の紫サンに向き直ると、僕はしかつめらしく言った。



「紫サン……僕以外には、こんなこと、しないでくださいね?」
「こんなことって何を?」

 怪訝な顔つきになった紫サンを見て僕は思う。ああ。やっぱり気づいていなかった。
 僕はフォークを指差した。






「……『はい、あーん』って、まるで恋人同士みたいなやりとりですよね。紫サン」



 一。二。三つ数えたところで、やっと意味を理解した紫サンが真っ赤になった。
 いやだって、とか、家じゃ普通に、とか、何やらブツブツ言っていたかと思うと。
 残り少ないお弁当を猛然とかき込んで、きちんと手をそろえて御馳走様と言ってから、お弁当箱を持って逃げ出した。

 ……僕は思わず吹き出した。



「もう。律儀だなあ、紫サン」

 すぐに逃げずにお弁当を完食していくあたり。そしてきちんと『御馳走様』と言っていくあたり。
 でも指摘してしまったから、もう『あーん』はしてくれないだろうな。それはちょっと残念だけど、他の誰かにやられるよりはずっといい。



 ……御馳走様でした。僕も両手を合わせてそう言って、そして笑った。


 
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