泣きはらした目の訳は



 


「お疲れ様でーす」

 その日大海が部室に入ると、他の部員たちは既に来ていた。
 だがその様子が今日はおかしい。そのことに彼がいち早く気づいたのは、彼の想い人の様子がいつもと異なるからだった。
 椅子に腰掛けているその紫はハンカチを目に押し当て、かんなとなのが気遣わしげに紫を見ている。一人おろおろしているのは珍しいことに志乃で、大海は訝しげに眉を潜めた。



「何か……あったんですか?」
「北条?」

 大海が問うと、紫が顔を上げた。その顔を見て大海の表情が険しくなる。

「何が、あったんですか!?」



 紫の目は泣きはらしたかのように真っ赤になっていた。
 少なくとも大海の知る限り、紫が泣いたことはない。そもそも彼女の性格からして、人前で泣くということを自分に赦さない気がする。

 それなのに今、紫は、真っ赤に腫れ上がった目をハンカチで押さえていて。
 それはつまり、あの紫をそこまで泣かせるような何かがあったと言うことで。

 何かが……

 …………誰が?






「……紫サンを泣かせたのは、誰ですか」






 その顔を見たなのがおののいた。
 
「怖い! 北条君の笑顔が怖い!!」
「北条君落ち着いて!」

 かんなが慌てて声をかける。志乃もかんなに続いた。

「ごめん! 悪いのはアタシと言えばアタシなんだけど……」
「落ち着け北条!」



 紫の一喝に大海は我に返った。

「えと……紫サン?」
「勘違いするな。泣いている訳じゃない。単に私の不注意だ」

 目を隠すハンカチを取ると、そこから赤く腫れぼったい目が現れる。それを見て大海は痛ましげな表情を浮かべる。

「だってそんなに泣きはらしたような目をして……」
「あくまで『ような』だ。……これはな」

 紫はため息をつきながら言った。



「野良が可愛かったから、つい触ってしまったんだ」






 北条の頭の中を占めたのは、大量のクエスチョンマークだった。

「ええと……どういうことですか?」
「紫ちゃん、猫アレルギーなの」

 その疑問符を氷解させたのは、志乃の言葉だった。

「触っちゃうと目が真っ赤になっちゃうんだって。アタシ知らなくて……」
「だから志乃ちゃんの所為じゃないって。可愛いと思ったからつい触ったのは私なんだし」
「でも……」
「久しぶりだったから反応も酷かっただけ。はいこの話は終了! 部活部活!」

 言って紫は立ち上がる。



「……つまり、紫サンが猫を触ったから、アレルギー反応で目が腫れてしまったと、そう言うことですか?」
「だって猫可愛いじゃないか!」

 顔を赤くしながら紫は言う。 大海は大きなため息をついた。

「誰かに泣かされた訳ではないんですね?」
「そんなヤツがいたら逆に泣かせてやる」

 キッパリ言い切った紫に、大海はまたため息をついた。
 何事もなくて良かった。良かったけれど――






泣きはらした目の訳は



「北条君怖い……」
「普段温厚な人ほどって言うけど、アレは……」
「……本気で怒らせない方が良さそうね……」


 
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