見る対象、見られる対象 |
体育館に女子生徒の歓声が上がる。彼女たちが呼ぶ名前は大体二つ、文芸部では馴染みの名前であった。 一年の北条君と下野君だ。 また何かを決めたのか、とアタシはストレッチでウォーミングアップをしながら黄色い声を上げる女子たちの背中を眺めていた。 そしてその反対側でバスケットで格好よくシュートを決めようとしていた紫ちゃんの姿も。 どうやら紫ちゃんは本調子ではないらしい。表情からそんな印象を抱く。 「志乃ー、次セカンドお願い。」 「はーい。」 バドミントンのネットの向こうから百佳に呼ばれてアタシは視線を向けていたコートから自分のクラスチームへと戻った。 今日は球技大会であった。一年から三年まで学年関係なく球技で競い合う年一回の行事。 アタシは正直運動は可でも不可でもなく、強いて言えばやや苦手であった。 そんなアタシがエントリーした球技がバドミントンであった。中学時代にやっていて、他の球技よりはそこそこ自信があった。ファーストセットのシングルスを百佳が何とかギリギリで勝って、セカンドセットは男女ダブルスだ。 アタシは同じクラスの堺君とペアになった。 シューズの紐を結び直すと、ラケットを握る。久しぶりに馴染むグリップ。 「よし、堺君行こう。」 「う、う、うん。」 アタシと何やらラケットの似合わない堺君はコートに入る。相手は三年だった。身体の大きな男子と見覚えのある女子。 ……そうだ!中学生の時に地区大会で強豪と言われていた学校にいた人だ。 あの頃のアタシたちは準決勝で彼女たちに呆気なく敗退した。その時の敗北感と悔しさが一気に込み上げる。 これは難しいかも――。 でも。 「堺君、勝ちに行くよ。」 「えっ、俺初心者なんだけど。」 「出来るだけフォローはするから、シャトルは何とか繋いで。」 「シャトル?」 「羽根のことだってば……。」 横でおどおどする堺君に一抹の不安を覚えながら、ファーストゲームの開始の声が響いた。 高いロビングサーブ。流石に相手も鈍ってはいないようだ。アタシは身体を反らせるとスマッシュの体勢に入り、そこからドロップへと切り替えた。シャトルが緩く相手のネットの際に落ちていく。 しかし相手も相手だ。すかさずヘアピンと呼ばれるネット際へ短いカットを返す。 「堺君、打ち返して!」 「え、え、ええ!」 あちこちに振られるラケットを余所に、ポトンッ。シャトルは堺君の足元で落ちた。向こうの先制点だ。 しかも堺君を見ると何故かラケットのグリップを両手で握っている。 涙目になった堺君が振り向いた。 「佐伯、羽根が早くて見えないよ。」 その後、アタシたちはファーストゲームを6-15で終えた。勿論、1セット採ったのは三年チームである。 「怖い、シャトル怖い。」 「アタシはコート内を滅茶苦茶に逃げ回る堺君の方が怖いんだけど。」 仕方なく、セカンドゲームが始まる前にアタシは堺君に少しだけアドバイスをする。 先ず構えだ。そこからシャトルを打つ時の姿勢とタイミング。グリップの握り方。 口で言っても天然涙目男子には通用しないらしく。 アタシは彼の体に手を添えて姿勢や角度を教える。傍から見たら密着していたらしいことを後に知るのだが、アタシはそこまで気が回らないでいた。 そして始まるセカンドゲーム。 アタシからのバックサービスからシャトルは舞った。 「それにしても……。」 「館原君。」 百佳の横に男子バドミントン部長の館原裕(ゆたか)が腕組みをして二人の試合っぷりを眺める。 「佐伯はやってたことがあるだけあって、まあまあだけど堺にはバドミントンは悲惨だな。」 「こればっかりはねー。堺君は残り物で決まっちゃった訳だし。」 苦笑しながら、何かしでかす毎に志乃に何かを言われる堺を見やる。 「志乃も変なとこで頑固だからなぁ。堺君が初心者ってことを認めた上で試合やらなきゃ可哀想だよ。」 「……さっき……。」 「えっ?」 「……佐伯が堺に手取り足取り教えてたな……。」 「ああ、あの子弟いるからねぇ。そういう性分なんだよ、きっと。」 館原は顎を親指で押さえる。彼の切れ長の目は目の前で繰り広げられる試合ではなく、志乃と堺を交互に見ていた。 「……面白くないな。」 「志乃ー!ナイッショーッ!」 館原の呟きは百佳の声援で掻き消された。 そして館原がふと視線を感じて体育館の出入口で見付けたのは正にバドミントンの試合をしているコートを凝視する生物科教師の椎名だった。 球技大会は主に生徒たちで運営されるものだから駆り出される教師なんて知れているはずなのに。 くたくたの白衣を着た椎名が何かに携わっているとは更々思えなかった。 「……椎名。」 「あ、ホントだ。椎名先生何しに来たんだろ?気紛れかねぇ?」 百佳はボロボロに敗退して悄気る志乃を迎えるべくタオルを持ってコートへと駆けて行った。 見る対象、 見られる対象 (それは思いがけないところに、) |