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歯がゆい青春!(下)

テンテンがリーの後ろ姿を見送っていると、後ろから肩をぽんぽんと叩かれた。
テンテンが振り向くと、そこにはネジがいる。先ほどのリーとは打ってかわって、声も出さず涼しい顔をして、ベンチに腰掛けているテンテンのことを見下ろしていた。
「ネ、ネジ」
「今リーが居たみたいだな」
「うん、今朝はズル休みしたみたいよ。元気だった」
「他に何か言っていたか」
ネジはふんと鼻をならし、まだ遠くに見えるリーの姿を目で追っていた。
テンテンは「特に何も言ってなかったよ」と戸惑いながら答えた。本当は他にもネジには知られたくないことを色々と話していたから、気付かれてしまわないか心配だったが、ネジはさほど深く追究してこなかった。
「ネ、ネジ肩の傷は?」
「ああ、大丈夫だ。それに気にするなといっただろ」
ネジは先ほどまでリーが座っていたベンチに腰掛けた。
自分のとなりに腰掛けるネジを横目に、テンテンは「ネジ暇なの?」とくすくすと笑った。ネジとリーは任務がない日は大抵一緒に居る。といってもリーがネジに修業の相手をしろだの、勝負しろと一方的に付きまとい、ネジの方はただ迷惑そうにしていると
いう具合である。しかし、いざリーが居ないとどうしたことか、ネジは時間を持て余してしまうのであった。
「今日は珍しくリーが付き合い悪いもんね」
「そうだな」
テンテンは珍しいこともあるよねと首をひねっていたが、ネジは少しだけ笑っていた。
「どうしたの?」
ネジのどこか含みのある笑いが気になったテンテンは素直に訊ねたが、ネジは「別に」と押し黙った様子。
おかしい、ネジがこんな風に笑うなんて。
もしかしたらネジはさっきのリーとわたしたちの会話を聞いていたのかしら。
ということはすでにわたしの気持ちに気付いているということ?
こんな風にテンテンの頭がフルに回転する。
テンテンがうんうん唸って何かを考えている様子を、ネジは横目で見ていた。
しかしそんなときも彼は「どうした?」と口をはさむことはしない。
そうしたくても、そうすべき理由がないかぎり余計なことをしないのだ。反対にリーは間がわるいことが多いが、ネジもネジで間を意識し過ぎるところがあった。
つまりネジは今テンテンに何を悩んでいるのか訊ねるときではないと考えている。
二人はしばらくベンチに腰掛けたままそれぞれの時間を過ごした。
ネジはテンテンの思考がまとまるのをただ待った。
テンテンは夢中でネジの含み笑いについて考えた。
やはりネジのあの笑いは、わたしの気持ちを知っているということなんだわ。
そしてリーは、わたしがネジを好きなことを知っているし、ネジがそれに気が付いていることも知っていた。
だからリーは朝修業のときにわたしとネジを二人きりにするという機会を設けた!
それはつまり、わたしに積極的に行くべきだと思ったからだわ!
「相手がネジだからこそ積極的に」と言っていたもんね!
テンテンはリーのエールに応え、これ以上ないくらいにポジティブ思考に考えをまとめあげたのだった。
「ネジはさ、」
そして突然、テンテンは声をあげた。
「どうした」
ネジがテンテンのことを見ると彼女は膝の上でぎゅっと握った拳を置いて、それをじっと見つめていた。明らかに何か緊張して力んでいる様子であった。
「ネジはさ、好きなひといる?」
もちろん、彼女は淡い期待を寄せてこのように質問している。
「………………」
ネジは黙った。
テンテンがちらりとネジの様子をみると、彼はいつも通り落ち着いた様子でなにかを考えているようであった。テンテンにはそれがとても冷めた反応に見えた。
「あはは、なんちてー。変なこと聞いてごめん」
おそらく、わたしがポジティブに考え過ぎたのね。
テンテンは彼の顔を見たときそう思った。本当は心が砕けたような気分に陥ったが、それを隠すために冗談をいったふりをしなくてはいけなくなった。
「好きな人か」
「やだ、ネジったら。冗談だから気にしないでよ」
少し歪んだ表情をするテンテンにネジは気が付いていた。
「お前、リーに何を言われた?」
「リー?リーは、別になにも……」
「いや、もういい。わかった」
ネジはため息をついて、肩の傷を服の上から触った。それは今朝テンテンの投げたクナイがつくった傷だ。
「今朝、ここに傷がつかなければな……」
恥ずかしそうにしているネジの顔を見て、テンテンは体がぶるっと震えるのが分かった。
「もしこの傷が出来なければ、テンテンに好きだと伝えるつもりだった。でも当たってしまったからな」
テンテンは瞬きを忘れている。
「オレはお前を守れるようになりたいんだ」
「う、うそみたい…!」
テンテンは一瞬だけ目を瞑った。瞬きを忘れたその大きな瞳から涙が落ちた。それは単に乾きが原因ではない。ネジはそれを見て、自分の袖でテンテンの顔をぐいぐいと拭ってやる。
「今のオレでは、まだふがいないだろ」
「ネジ………。そんな、わたしのことで自分を卑下しないでよ」
「わたし心配してんだから」とテンテンはネジの肩を軽くたたく。
「いつも心配してくれてるのはわかってるよ」
テンテンは顔を赤くした。
「リーでも気付いてるんだ、俺が気付かないはずがないじゃないか」
「ネジ、やっぱり聞いてたの?」
ネジは笑っていた。
「テンテン、もうオレに気を遣うなよ、」
「二人は両想いだからですね!!!」
そこにどこからともなく突然がリー現れた。
テンテンは驚きすぎてベンチから落っこちる。
ネジは眉をひそめる。
「ネジ、まだまだ修業が足りませんね!朝修業の時点でテンテンのクナイさえ避けきれていれば、こんな回りくどいことには…!いや、テンテンの方がネジに告白されるということを先読みしてわざとクナイを外すべきだったのでしょうか!ときにはそんな努力も必要だということなのでしょうか…!恋愛とはやはり難しいです〜〜!」
「お、お前な……盗み聞きしてたのか」
「それはお互い様です!」
ネジとリーは落ちた衝撃でお尻を痛め立ち上がれないテンテンをはさんで睨みあう。
ネジはテンテンの右腕を、リーは左腕を引っ張り上げ、二人でテンテンを起き上がらせる。
「ネジが“どうしても今日告白したい”というから、ボクは大好きな朝修業を休んだんですよ!せっかく二人きりの状況をつくったのに、格好付かないからって告白しなかったなんて!約束が違うじゃないですか!!」
「いま、こうして伝えたんだからいいだろう。あのときは言うべきときじゃなかったんだ。いいか、リー、こういうのには流れがあるんだ」
「ちょっと、リー!それって最初からネジの気持ち知ってたってことじゃないのよー!あんたさっきわたしにカマかけたのね!ネジもネジよ!男なら男らしくさっさと告白しなさいよねー!」
このあとしばらく三人は大きな声で怒鳴り合っていたが、またもやそこにもう一つの人影が。
「お前らぁ、青春してるなぁ!!!」
リー以上の大声と気合いで突如現れたガイ先生にネジとテンテンはピタリと押し黙った。リーだけは「うぉぉぉ!」と師の登場に目を輝かせていた。
ガイ先生は瞬時に状況を判断し、三人の肩を順番に叩き、「さぁ夕陽に向かってダッシュだ!!」とまだ真昼の空の下、里の中を一直線に走っていくが、気付けば後ろについてきているのはリーだけだった。
「リーよ、ネジとテンテンはどうした」
「押忍!ガイ先生!ボクは先生のナウい図らいでネジとテンテンを二人きりにさせたのかと思っていました!」
リーがびしっと敬礼する。
ガイ先生はしばらく考えた。
「その通りだ、リーよ!よくぞ気付いた!お前は本当にいいところに気付くな!!」
実のところガイ先生は全くそんなつもりはなかったのだが、今更二人を呼びにいくなんて野暮なことはしない。
「いいか、リーよ。歯がゆい、じれったい青春を美しき青春に変えるにはそれを応援する友の力が必要となる!つまり当事者以外の我々の陰の努力が重要なのだ!」
リーは頷いた。
そしてやはり自分のしたことは間違っていなかったと感じた。ネジとテンテンの恋路のためにリーはリーなりに努力したのである。
あとでネジとテンテンに言わなくては、そう考えたところで彼はふと思った。
「ふたりがうまく行ってよかったです!」
リーはこの場にいない友人たちに肝心なことを言い忘れていたなと、太い眉をひそめ笑ったのだった。