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ピートとポプリと

ピートの秋の音楽祭にむけてのオカリナ猛特訓の日々はようやく終わりを迎えました。音楽祭は先週無事に終わったのです。
それからは特に町で変わったことや行事などもなくしばらく淡々とした平和な毎日が過ぎていきました。それだのにピートは一日一日と少しずつ元気がなくなっていくようでした。
その理由とは、秋の夕暮れに、落ち葉がひらひらと地に落ちていくのを見てセンチメンタルになった、そんなわけでもなく、彼はクレアの存在という恋愛の悩みを抱えていて、それについて考えれば考えるほど思考の迷路をさまよっていたのです。
クレアは相変わらずドクターのことを想っている様子でした。ピートがみても、他の誰からみてもそうみえるのです、しかしクレアはみんなに「ドクターのことはもう好きじゃない」といいました。ピートはそう言うときのクレアの表情がとても嫌いでした。明らかに作られた笑顔と悲しみの宿る瞳がピートをみるとき、彼自身がぐっと胸を痛めました。
なぜクレアはあんな嘘をつくのでしょうか。
それは自分が彼女に想いを寄せているからなのだろうか。だからクレアはあんなに悲しい表情をするのだろうか。
ピートは同じことをぐるぐると考えてしまい、出口の見えない迷路から抜け出せないのでした。
こんなとき、夏の間、たくさんの日々をともに楽しく過ごした友人のカイがいたらどれだけ救われるか、ピートそんな風に夏の友人をおもいました。
色んなことがあった夏も、カイの底抜けに明るい笑顔をみると嫌でも元気が出たものでした。
「ピさーん!」
「よう、ポ。今日も元気だね」
秋に入ってから平日の昼下がりになると、ポプリがふらっと牧場に立ち寄るようになりました。お花牧場の隣の養鶏場の娘のポプリとは、夏にカイを通して仲良くなりました。
彼女はカイの大ファンであり、おそらくカイの恋人です。
おそらくというのは、カイはときたま男友達にだけポプリでなくよその場所に恋人の影をみせるときがあったのです。そんなとき「ミネラルタウンではポプリが一番だ」と決まっていいました。
ポプリは夏の間、幾度もカイとピートと三人で遊びました。そのうちにだんだんとピートに懐いていき、夏が過ぎ、カイがいない現在では彼女はピートの元を訪れることで寂しさを紛らわせているようでした。
やがて二人は“パ行の響きがかわいい同盟”を結成し、お互いに「ピさん」、「ポ」と呼び合う仲になったのです。(merci blog『ピートとポプリと』参照)
かといって、二人の気が合うかといったらそうではありません。実はピートがポプリに合わせているのです。ピートはポプリのことを、我儘な年下の少女として扱い、まだまだ子供だと思っていました。
とにかく今の二人は揃ってカイがいない寂しさを共有していました。
「ピさんは……、あんまり調子よくなさそうね」
ポプリは少しやつれた顔をするピートの顔を心配そうに見つめて、「ここに座ろう」と牧場のきれいな草の絨毯の中でも日当たりのよいところに腰かけるよう促しました。
「ちょっとね、考え事さ」
ピートはゆっくり腰をおろしながら、目を細めて少し笑いながら言いました。
そう言った後にきっとポプリは「考え事って?」と訊いてくるに違いないなと思いました。そして案の定、ポプリはそう言いました。
「なんでもないよ、こっちの話だよ」
「んもう、またポプリを子供扱いして。教えてくれてもいいじゃない」
「そういう“知りたがり”なところが子供なんだよ」
彼は珍しく苛立っていました。
ポプリはいつもと違う彼のきつい言葉に少し驚いた様子でピートをじっと見つめていましたが、「わかったわ」と言うとふいに立ちあがりました。
「ピさん、何か知りたいことがあるのね。でも自分からそれを聞き出せないからポプリに八つ当たりしているんだ」
「そんなんじゃない、何にでも首をつっこみたがるきみをただ子供って言っただけだ」
ポプリはしばらく黙りこみました。
時間で言うと一分あったかどうか、しかしそれはすごく長い時間に感じられ、牧場はいつもよりもずっと静かに感じられました。
「ごめん。おれ、感じ悪かった」
先に口を開いたのはピートでした。青い帽子を手に取り、ポプリの目をしっかりと見て謝りました。
「………ピートさんはやっぱりクレアさんのことで悩んでいるのよね」
草の上でポプリは膝を抱え背を丸めて、小さくなって座りました。
顎を膝の上にのせ、地面に生えている草をぷちぷちをむしりながら小さい声でいいました。
「恋するとつらいことたくさんあるじゃない。ポプリなんてカイだもん。お兄ちゃんも町の大人の男の人たちはみんな反対するし、それに、カイだってふらふらしててさ、実際はよくわかんないし」
ピートはだまって聞いていました。
「でも町のみんながいうカイの悪いところが何なのかよく分からないし、実際カイはどんなひとで、一体何をおもって毎日生きているのか、そうゆうの全部知りたいの。どんなにワガママって言われても、ポプリは納得いくまで“知りたがる”わ。ピートさんが辛そうにしていたら、一体何が辛いのか知って、助けてあげたいのよ。知るのが怖いからって聞かないわけにはいかないし、友達をほっとくこともできないし、何もしないで黙っているのが大人じゃないと思うもの」
「………………」
「逃げちゃだめよ、ピさん。がんばって」
ポプリはそれまで伏せていた大きな目をピートに向けました。その大きな瞳は何の迷いもなく、自分の意志を貫こうとする立派な輝きを放っているようでした。
ピートは先ほど彼女を子供だと言った自分が恥ずかしくなりました。
「まいったな〜、ポプリは大人だったんだね。子供はおれの方だったね」
「ピートさんは我慢することが大人なんだと思っているのでしょうけど、そんなところで大人になんてならなくていいのよ。大人なら自分の進むべき道をいつも正しく進むんだから。その為にはまず知ることが大切なの!」
ポプリはそう言って立ちあがると、スカートのシワを手ではたきながら偉そうな口調でいいました。
「うん、そうかもしれないね。ってポのくせに何を偉そうに!カイに言いつけるぞ」
「だめー!ぜったいに言っちゃだめ!カイの前では無垢な女の子でありたいんだから!」
そう言って舌を出すポプリに、ピートは「この子はもう子供じゃないぞ」と苦笑いしつつも、迷路の出口を見つけてくれた彼女に感謝するのでした。