bokumono | ナノ




クレアの日記(ある秋のでき事)

季節は秋を迎え、マザーズヒルの木々は赤や黄色の衣に着替えて、朝晩は鼻がツンと痛むような冷たい空気が漂いました。ミネラルタウンのレンガ造りの街並みは、赤く染まった木々とよく合い、美しい田舎町の風景を描きました。
さて、みなさんはお花牧場の二人が春からこっそりと日記をつけていたことをご存知ないでしょう。これから二人の日記を紐解くことで、二人の暮らしをより深く知ってほしいと思うのです。
ある晩、クレアはベッドの中で日記をつけました。外は昼よりもずっと寒く、風がやや強く吹いていました。お花牧場に立つこの古い家は隙間風が多く、クレアは重たい毛布を何枚もかぶっていました。
クレアの横書きの分厚い日記帳は一年分の日記が書けるようにできていました。しかし、たまにしか日記をつけないクレアは後ろに余っているページの多さをみて驚きました。「今回からは、日記を書くときは、一回になるべくたくさんのことを書きつけよう」と言ってペンを走らせました。
クレアが日記を付けるのは、何か特別なことがあったときだけでした。その点ピートは「毎日が特別!」といって、ほとんど毎日日記をつけていました。クレアの場合は町のお祭りごとであるとか、いつもより特別嬉しいことや悲しいことがあったとき、仕事以外で町の住民と普段にはない出来事があったときなどだけです。そして今晩クレアが日記をつけるに至ったのは、前日カレンとランとのお泊り会があったからなのでした。

秋 ○日
今日は昼間は晴れていたのに、夕方から天気が悪くなった。
最近は夜になると冷たい風がびゅーびゅーと強く吹く。都会に暮らしてときならば、こんな天気も嫌いではなかった。家にいればどんな天気であっても関係ないし、こんなときこそ家で外の様子を悠悠と眺めて居られるから。でもいまは、ちがう。どうぶつたちは寒くないかしら。
昨日と一昨日は牧場を留守にしていた。カレンとランにお泊り会に誘われたから。ピートはお泊り会の参加を快く承諾してくれて、私は一昨日の夕方頃、カレンの家に出かけた。
一昨日は火曜日で、雑貨屋が休みだった。カレンの両親は街に泊まりがけで出掛けていた。次の日、サーシャさんから街に暮らしていたころよく見かけたお土産をたくさん頂いた。街に暮らしていた私が街のお土産をもらう日々がこようとは!今まで想像したことがあっただろうか。お土産はなんだか懐かしかったけど、また街にいきたいとは思わなかった。わたしはこの町の牧場生活がすきなんだと再認識した。
お泊り会は楽しかった。三人で夕食をつくって、お酒を飲んで、お風呂に入った。カレンはメインのお料理を何度も焦がした。食事中は仕事の話をした。カレンもランも親の店の手伝いだから、毎日はなんとなく過ぎているように感じるらしい。でもそう言ってる顔に全然嫌そうな感じはなかったから、たぶん充実した日々を送っているのだろうと思う。もちろん私もだけど!
いま牧場には牛が三頭いる、あと三頭は羊。わたしは牧場を始めたら絶対羊を飼いたいと思っていたのである。でも毛を刈るのは未だに苦手。ピートに力がないんだから仕方がないと言われた。ピートの言う通り確かにかなりの力が必要だけど、そう言うピートも一人じゃ羊を抱えるので精一杯!
秋になってからは、牧場のリンゴの木がこれまた真っ赤でいい香りの実をつけてくれる。ピートはリンゴの木はおじいさんからの唯一の形見かも、なんて言っていたっけ。ピートが気付かないだけで、おじいさんは他にもたくさんのものをピートに残しているとおもうけどなぁ。牧場での生活は季節が変わるごとに新しいことが次々起こる、この生活が充実しないわけがない!
さて、このお泊り会のメインイベントはやっぱり夜のベッドに入りながらのお喋りであったと思う。じつはこのお喋りの最中になんとも驚くべきことが起こった。あの恋愛ベタのランに「クレアさん鈍感!」と言われたことである!
そもそもはランの好きな人は誰だ、というところから始まった。
カレンはどうやら目星がついているようだった。(まず、わたしはランに好きな人がいたことに驚いた。)わたしは一通り考えて、グレイではないかと言った。なぜなら、宿屋に顔を出すたびに、ランはグレイの部屋の掃除をしている印象があったから!
でもランは「ちがーう!」といい、カレンは「クレア、それはないわ!」と言った。
そしてこの後、ランは私に「クレアさん鈍感!」と言った。
この会話の流れでわたしの一体どこが「鈍感」なのかがさっぱり分からなかった。
ただ、ランの好きな人をグレイと言っただけなのに。
これと同じことをカレンに言ったら、
「鈍感な理由がわからないってことが鈍感なのよ」とのこと。
カレンはたまに難しいことを言う。
それより、ランが彼を好きだなんて!驚いた!
そのあとはもっぱらわたしの話だった。
二人はわたしがドクターに憧れている(いた)ことを知っている。でも話題はピートのことばかり!
いわずともわたしはピートとは毎日顔を合わせてる。色々なことがあるけれど、全部取るに足らないことばかりな気がする。ドクターとはめったに顔を合わせないけれど、たまの小さな出来事でもすごく印象深い。これまた諦めの悪いことに。
この話は二人にはしなかった。
わたしはあの花火大会の日に“鈍感”なわたしでもピートの気持ちに気付いてしまった(自惚れかもしれないけれど!)ので、一体どんな風に彼と接するべきかよく分からないのだ。きっとピートもそう思ってる。お互いに気を遣っていないふりをすることに気を遣っている。
この話も二人にはしなかった。
だって本当に悩み事を抱えると誰にも相談できないもの。人にいえる悩みは、それはおそらく悩みではないと思う。
カレンは曖昧な態度を取るわたしは悪い女だときっぱり言った。
ピートには「ドクターのことはもう諦めた」といい、心ではドクターを想っている。
しかもピートは分かっていて、何も言わないのだ。カレンはそんな彼が居た堪れないのだそう。
実際私はドクターの何が好きなのか自分でもわからない。一方でピートのことが好きなのかもわからない。同じ分からないなのに、ドクターには後ろめたい気持ちがあるのはどうしてなのだろう。胸を張って好きと言えないのはどうしてなのだろう。
そんなこんなでお泊り会は終わって、早朝サーシャさんからのお土産を手にして牧場に帰ると、Pとピートが牧場の手前まで出迎えてくれた。
ピートはいつもと変わりなく、「おかえり」と笑って、わたしの荷物を持ってくれて、Pはわたしの足元でお腹をだした。わたしがPのお腹を撫でている間に、ピートは荷物を持って牧場に戻った。わたしは慌ててそのピートの後ろ姿に「ただいま」を言った。ピートは「うん」と言ったか言ってないか分からないけど、そんなような態度で家の中に消えていって、私はなんだか申し訳ない気持ちになった。
カレンに言われた一言が後になって効いてきたのだ。
わたしは恋愛をしにこの町に来たのではない。きっとピートもそう思っているに違いない。彼には迷惑をかけてばかり。この牧場も本当はわたしのものではないのに。
そろそろ町の音楽祭がある、ピートはオカリナで参加するそうだ。
いまも練習しているのが聞こえる。
秋になってようやくピートの欠点に気付いた。
ピートには音楽のセンスがない!

クレアはここまで書くと、日記帳を閉じました。目を閉じて毛布にしっかり体を隠すと、ピートのオカリナの練習を聞きながら目を瞑ります。一方ピートは何度も同じところでつまずきながら遅くまでオカリナの練習していました。