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二人、赤くなる出会い


牧場に吹く風もだんだんと春らしくなってきたある日、お花牧場に暮らす、二人と一匹は町の人々にきちんと挨拶することにしました。
昨夜ピートとクレアは話合い、畑仕事を午前中で終え、昼から鍛冶屋から町の方へ一軒一軒ぐるりと順番に回るということにしました。そして、最近収穫した野菜をおみやげに持ち、少し緊張しながら牧場を出発しました。
夕方までに終える予定で出発しましたが、出だしの鍛冶屋への挨拶で大分時間を取られてしまいました。というのも、修行中だというグレイがクレアを気に入ったおかげで予定より長居することになってしまったのです。
でも、そのあとは雑貨屋までスムーズに挨拶回りができました。途中、道端で養鶏場のリックとポプリにも会いました。ご近所なので何度か会話をしたことがあったので軽めの挨拶となりました。
「じゃ、お母様にもよろしくね」
「はいはい、こちらこそ。今度鶏見に来てくれよ」
これで最後に行く予定であった養鶏場への挨拶を先に済ませることが出来ました。
「あとは病院と宿屋とヨーデル牧場ね」
「教会とゴッツさんのところは次回だもんな」
「さ、病院にはいるわよ」
クレアは野菜を抱えるピートに疲れてないか確認しながらそっと病院の扉を開けました。扉を開けると真っ白で清潔感のある空間が二人の視界を眩しくさせました。中には患者さんは来ておらず、しんと静まっています。二人が院内に入ると、正面の受付カウンターからまるで鈴の音のような声が聞こえました。
「いらっしゃいませ、今日はどうしましたか?」
声の主は、ここで働く女の子、エリィでした。ピートもクレアも、エリィの天使のような笑顔にうっとりしました。まるで時間が止まってしまったかのように二人は固まりました。
クレアは、先ほどエレンの家を訪れたときに少々エリィのことを聞いていたので、それを思い出しながら言いました。
「あ、あなたがエリィね!さっきおばあさんにご挨拶したの。私たち、今度町はずれの牧場に………」
「あら、あなたたちがあの牧場の!なかなか挨拶に行けなくてごめんなさい」
「いいのよ、こちらからもっと早く伺うべきだったんだから!私はクレアです、それとこっちが………」
クレアはピートを紹介しようと彼の方を見ました。するとどうしたことでしょう。ピートはまだエリィにうっとりしたままだったのです。
「ぴ、ピート!なんて顔してるのよ!」
「あら、お連れの方の顔が赤いわ!熱でもあるんじゃない?少しドクターに診てもらった方がいいわ。ドクター、患者さんですよ」
エリィはそう言うと診察室の方へと消えていきました。クレアはエリィの姿が見えなくなったのを確認するとピートの頭を軽くはたきました。「しっかりしなさいよ!あなたって意外と男なんだから」なんて言いました。ピートは「あまりに可愛いからびっくりしちゃった」とはにかみました。
二人がこそこそと会話をしていると、診察室の方からエリィが人を連れてきました。
「お待たせしました、こちらがドクターです」
「どうも、こんにちは。ところで、どこが悪いんですか?」
ふと現れたドクターは軽く挨拶をすると、目の前のクレアの顔をじっと覗き込みました。
「先生、悪いのはこっちのピートさんです」
「おや、失礼。でも彼女の方が顔が赤いようだけど」
「あら、本当だわ」
エリィは「照明のせいかしら」と呟き、クレアの代わりにピートは慌てて自分たちの体調は万全であると伝えました。そして手に持っていた野菜をつまらないものですが、と用意しておいた言葉と一緒にエリィに手渡しました。
「お忙しいところ失礼しました!では自分らはこれで!」
ピートは帽子をとって丁寧にお辞儀をし、横目でクレアを見ました。すると今度はクレアが頬を赤く染めて、うっとりとドクターを見つめていました。
「お、おい、クレア」
「あっ、し、しつれいします!」
ピートの声でやっと我に返ったクレアは、慌ててお辞儀をして、くるりと振り向くとこれまた慌てて病院を後にしました。残されたエリィとドクターは茫然としていましたが、エリィの手に乗る、かわいい野菜を見て少し笑うと仕事に戻りました。
通りに出た二人は、外で待っていたPと合流し、なんだかどっと疲れた様子でした。
「クレアも意外と女の子なんだね」
「“意外と”って何よ。それにしてもこの病院はある意味素敵なところになりそう!これからたくさんお世話になりたいな〜」
「それどういう意味さ」
ピートは呆れ顔をしていますが、頭の中にはエリィの姿を思い浮かべました。
二人はぽーっとしたままそのあとの挨拶回りを済ませました。
やがて陽が傾き始め、一同はようやく最後のヨーデル牧場にやってきました。
ローズ広場を抜けると、二人と一匹の目の前に、たくさんのどうぶつたちの姿が見えてきました。
「牛だー!馬もいるー!かわいいー」
クレアとPはヨーデル牧場へ一目散に走りだしました。ピートも後に続きます。
「ごめんくださーい」
二人は牧場の入り口に立つ、一軒の家の扉をたたきました。しかし返事がありません。敷地内にはたくさんの動物たちが放牧されているのに人は誰もいませんでした。
「お出かけしているのかしら」
「どなたかいらっしゃいませんかー!」
ピートが大きな声を出しました。すると遠くの方から声が返ってきました。「こっちじゃよ」ときこえました。Pが声のした方を耳をぴんとあげて見ています。
「そっちね!いまのはきっとムギさんの声よね」
「いってみよう」
二人と一匹はそっと牧場内に足を踏み入れました。
夕日に照らされた牧草は昼間の美しい青々とした見た目とは違って、真っ赤に燃えるような色でした。そのまるで赤い海ような牧草の中を歩く動物たちを見ていると、二人の心は何だか騒がしくなりました。
「すてきね」
「うん」
ピートとクレアの頭の中は、さっきまで色恋で染まっていましたが、今ではそんなものはすっかり浄化されていました。
彼らにとって牧場は恋以上に彼らの夢なのです。
二人はどんどん敷地内に歩き、動物小屋の後ろに回りました。
するとヨーデル牧場の持ち主のムギとその孫のメイがいました。
「あ!」
しかしクレアは二人に挨拶するのも忘れて声を張り上げました。
そこにはなんとも可愛らしい仔馬がいたからです!
クレアは仔馬に飛びつき、ピートは目を輝かせてその光景をじっと見ていました。