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牧場ドリーム

「それじゃ、聞かせていただきましょうか」
ミネラルタウンのお昼の鐘が街中に鳴り響くころ、牧場主たちはピートの家にいましたクレアは町に来てから、さすがに二人暮らしは気まずいということで、宿屋にて寝泊まりをしています。でも昼食を中心に毎日のようにピートの家で食事を取るので、もうすっかり自分の家のようにくつろげるようになりました。
クレアは水筒にいれてきたお茶をカップに注ぎ、ピートに渡しながらいいました。
「さぁ、どうぞ、あなたの夢を聞かせて」
「うん。その前におにぎりでもにぎらない?」
ピートはごはんをボールにうつしながら話はじめました。
「おれはおじいさんが牧場をやっていたころのように美しく活気ある牧場を取り戻したいと思うんだ」
まさか本当にピートの“牧場ドリーム”を聞かされるとは思わなかったクレアは目をぱちぱちさせました。しかし、それを語るピートの顔はちっともふざけてなかったので真面目に話を聞きました。
「となりのとなりのヨーデル牧場はどうぶつを中心にやってるだろ。でもおれはどうぶつはもちろんだけど、畑というか、植物にも力を入れたいんだなー」
「…といいますと?」
クレアは一つ目のおにぎりをにぎり終えて、指に残った米粒をついばみながら相槌します。
ピートはクレアの方を見ずにごはんに塩をふります。そして、さっきよりも少しだけ小さな声で言いました。
「花をたくさん植えて、きれいな牧場にしたい」
「おはな?」
「うん、でも花は出荷できないんだけどね」
クレアは一瞬考えました。どうも牧場に花のイメージがなかったからです。でもすぐ笑顔になって返事をしました。
「最初のうちはお花を植えるのは難しいかもしれないけど、お花のきれいなこの町ならでは牧場って感じだわ!」
その彼女の反応にピートも大満足で、嬉しさのあまりちょうどにぎり途中だったおにぎりをポロリと手から落としてしまいした。
「ほんと?そう思う?」
「うん、ほんと!この牧場は将来的にはお花牧場ね」
クレアは大はしゃぎにそう言うと「これが私たちの牧場ドリームだわ」といい、さっそく家を飛び出して手書きした『お花牧場』という看板を表に立てました。
「気がはやいなぁ。しかも『お花牧場』て。完全に女の子のネーミングセンスじゃん」
「いいのよ、かわいいから!それに早く看板立てたかったし!ねっ、P?」
ピートはおにぎりを片手に看板とクレアを順番に眺めました。呆れたような態度をしていますが、表情は晴れているようにみえました。クレアの足元には牧場の看板犬のP。Pもうれしそうに看板をクンクンかぎました。
「牧場に名前を付けるだけで随分と気分が変わるものね」
ポツリとつぶやいたクレアの一言がまるで合図だったみたいに、二人と一匹は大急ぎで家に帰り、お昼を食べました。三人はどうにもこうにも、やる気が湧き出てきてしまったのです。
そして午後はここ一週間の中で一番の働きぶりをみせ、夕方には仕事が片付いてしまったので泉の横の温泉まで足を運びました。
ピートはPを膝にのせながら、クレアはのんびり身軽に足湯をしました。
まだまだ興奮が冷めやらぬピートは、牧場への夢をもっともっと語りたそうにしています。
それにクレアの夢をまだ聞いていなかったので、知りたかったのです。
しかし、彼女は特に夢がありませんでした。あえていうならば、自分の牧場で素敵な日々を楽しく過ごしたいということでした。それで十分だと思っていました。
「ところでクレアの牧場ドリームは?」
ピートはクレアに尋ねました。
「わたしは、もう一人の牧場主さんの夢が叶えばそれでいいの。だってお花も大好きだしね」
「なにそれ、ほんとは何もないんじゃない」
図星のクレアはにっこり笑うだけでそれ以上は語りませんでした。
でも心でひとつ思ったことがありました。
“ピートはなぜお花の牧場にしたいのだろう”
しかしこの日のクレアは十分に心が満たされていて、この疑問をすごく小さなことに感じ、あえて口に出すことはありませんでした。
「さぁ、明日は野菜の種をたくさん買って植えるわよー!」
「お〜!」
二人はますます明日の牧場生活が楽しみになったのでした。