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恋の季節に再び

季節ごとにさまざまな行事で賑わうミネラルタウン。町は先週星夜祭を終えました。町中の人々がそれぞれのやり方で素敵な夜を過ごしました。

ピートとクレアも二人でひっそりと牧場でおいしいごちそうを食べ、満天の空を眺めました。
冷たい空気が張り詰める冬の夜、チラチラと輝く星空の下でピートは薄着で鼻の頭を赤くしながら星座を語りました。
一方、ピートの話を聞いているクレアは、ベージュのダッフルコートの下にニットを着て、ひざ丈のフラノ素材のスカートの下にはウール混のタイツを履いていました。その上にチェックのマフラーをぐるぐると巻いて、ニットキャップも被っていましたし、手にも裏がフリースになっているミトンを装着していたので、全然寒くありませんでした。
牧場には時折びゅうっと一際冷たい風が吹き抜けるときがありました。ただ立って夜空を見ていると、その身はすっかり縮んでしまうほどです。ついにクレアは風邪引いてしまうとピートの心配をしました。しかしピートは「これだけ星座に熱く語っていれば大丈夫」といって笑いました。そんな彼を見かねたクレアは自分のコートの左右のポケットから一つずつ手袋を出してピートにプレゼントしました。その手袋はよく見ると手作りのようでしたが、クレアが何も言わないのでピートはただ「ありがとう」と言って、すぐに手を入れました。

「もっと早くプレゼントしてくれてもよかったのに」
「照れくさかったのよ。それに誰かさんの星への情熱がすごかったので!」

クレアはふんと鼻をならして家へ入って行きました。ピートが呼びとめると、クレアはそれはそれは楽しそうな笑顔で振り返ったのです。
クレアの自然な笑顔を久しぶりに見たピートはとても嬉しくなったのでした。

さて、あの楽しかった星夜祭から一週間。
失恋からようやく立ち直ってきたクレアとそれに安堵するピートですが、この日はピートの方が少し元気がありませんでした。

牧場の朝はとても早いので、この季節はまだ日も昇っておらず真っ暗の中お花牧場の二人は起床します。
クレアが朝食を用意していると、ピートが真っ青な顔をしてテーブルに着きました。

「ちょっと、ピート!あなた顔色が悪いわ」

ピートのために温かいミルクコーヒーの入ったカップを持ってきたクレアは彼の顔を見て一気に眠気が覚めました。

「星夜祭で寒いの我慢するからよ。今は畑仕事もないし、わたし一人で大丈夫だからゆっくり寝ていたら?」
「いや、大丈夫。午後、病院で薬をもらうよ」

ピートは白い顔で弱弱しく笑うとカップを手に取りました。

午後になるとピートは一人で町のクリニックまで出かけて行きました。クレアがついていくと言いましたが、ピートは一人で行けると断りました。思えば、ドクターとエリィには二人の結婚式から顔を合わせていませんでした。自分の通院のせいでわざわざクレアを二人の前に顔を出させるのも何だか心配だったので、ピートは一人でクリニックまで行こうと思いました。

午前中、ひとしきり働いたピートでしたが、その足元は大分覚束ない様子でした。ふらふらと牧場を出て、町はずれまで来たところで彼はよろけてしまいました。

「おいおい、大丈夫かい」

倒れそうになったピートの肩を後ろからさっと支えたのはドクターでした。

「ドクター。往診中ですか」
「ああ、今帰るところだよ。町はずれには年配の方が多いからね。ところでピートくん、きみ大分熱があるようだな」
「今からドクターのところへ伺うところだったんです」
「生憎いま解熱剤が手元にないんだ。一旦病院に戻ってまた牧場に行くから、きみは一度帰って寝ていて。一人で帰れるかい」

ピートはドクターが医者らしい振る舞いをするのを久しぶりに見た気がしました。いつもは飄々と掴みどころのないドクターですが、仕事をするときにはまた違った表情を見せました。

「ドクター、かっこいいです」

ピートはクレアがドクターを好きになった理由が分かった気がしました。

「ついに意識が朦朧としてきたのかい!まずいな、一緒に病院まで来れるかい?!」

こう言ってドクターが慌て始めたところで、ピートは意識を失いました。

ピートがようやく目を覚ました時、時間はもう夜の八時でした。
病院の真っ白なベッドに寝かされ、額には冷たいタオルが乗っていました。

「あ、目が覚めたみたいだね」

ピートが半身を起すと、白衣を脱いだドクターが現れ、ベッドの横にあった見舞い客用の丸椅子に腰掛けました。

「町はずれで意識を失ってしまったんだよ。グレイに手伝ってもらってここに運んだんだ。薬も投与したし、楽になってきただろう」
「色々すみません。ありがとうございます」

ピートが頭を下げるとドクターは目尻を下げて優しく微笑みました。

「気にせず、今日はここで一晩寝ていくといいよ。牧場への連絡はグレイに行かせてあるから。一晩ぐっすり眠ってしまえば明日には元気になるさ、ピートくんは若いからね!」

「若いですか。ドクターとそう変わらないと思いますけど」

「変わるさ。それにきみは自由だ。色んな意味でね。それだけでぼくよりずっと若々しいよ」

ドクターの含みのある言葉にピートは顔をしかめました。
ピートは決してドクターのことが嫌いではありませんが、自分の好きな女が好きだった男と考えてしまうと、無意識に距離を置きたくなるものなのです。

「それはぼくが独身ということですか?ドクターにとって結婚は自由への枷なんでしょうか」

「さぁ、どうだろう。ただぼくは医者だからね。ぼくはこの町のひとの健康と命を守らなければいけない。ぼくはそれを自分の使命と思っているんだけど、たまにそれがとても重荷になってしまうんだよ」

「それがドクターが自由でない理由ですか」

「そうだよ。そして結婚するに至ってエリィもぼくの使命を一緒に全うしてくれると言ってくれたんだ。そんな彼女を裏切ることは絶対に出来ない。ぼくはこの使命の重大さに心が折れそうになるときも決してくじける訳にはいかないんだ。だからもう自由なんてないんだよ。そういう意味ではね」

ピートは再びベッドに身を倒しました。あまりの勢いに彼の頭は大きい羽根枕にすっかり埋もれてしまいました。

「ドクターの嫁にいくって大変だなぁ」
「牧場主の嫁に行くのも大変だと思うけどなぁ」

ドクターはハハハと笑うと椅子から立ち上がりました。

「でもエリィはこの仕事が好きみたいなんだよ。もちろんぼくもね。だから決して悪い結婚ではないんだ。そういう結婚は良いと思わないかい」

「そう思いますよ」

「きみもそういう結婚ができるはずだよ。きみのお嫁さんはきみが幸せにするんだ。ぼくにはピートくんは少し押しが足りないように 思うんだけど」

ドクターが悪戯な笑顔でピートを見たので、ピートの顔は赤くなりました。ドクターはピートのクレアへの気持ちに気が付いているようでした。

「ポジティブに考えなくちゃ。病は気からともいうだろう」

そう言って病室から出ていくドクターの後ろ姿にピートは小さくつぶやきました。

「自分のことには鈍感なんだな。かわいそうにクレアのやつ」

ピートはドクターの話を聞いて今まで感じていた心のもやが晴れたように思いました。自分にもクレアにも入り込めない、全く隙のないドクターとエリィの絆と覚悟を知った今、すっかり諦めがついたのでした。ピートがどんなにクレアを応援したことで彼女の恋はもうきっと実らないのです。クレアを幸せにできるのはもうドクターではないのだと、ピートは思いました。
そして、そう感じたピートに突然の睡魔が襲いかかり彼はあっという間に眠りにつきました。

明くる早朝、ピートが牧場に帰るとクレアはミルクコーヒーを淹れて彼の帰りを待っていました。この日は雪がたくさん積もっていたので、Pも家に入っていました。

「おかえり、ピート。体調はどう?」
「もうすっかり良くなったよ」

ピートは昨日を同じようにテーブルに着き、クレアの持ってきたミルクコーヒーのカップに口をつけました。温かいコーヒーの湯気が彼の冷え切った体をほっと包みこみました。
ピートは朝食を食べながら、キッチンに立つクレアの後ろ姿をみました。クレアの長い髪が揺れるのを見ながら、病室でドクターに言われたことを思い出していました。

「ポジティブになれっていうんだよ、ドクターが」

クレアはピートの言葉に首をかしげて振り向きました。

「だから提案なんだけど」

「なあに」

ピートはカップをテーブルに置き、クレアもテーブルに座りました。

「多分クレアはおれと結婚すると幸せになれると思うんだよ」

ピートは真剣な顔で、テーブルの下では握った拳を震わせながら言いました。
一方のクレアはピートの突然の提案に目を円くしましたが、だんだん笑いがこみ上げてきて、しまいにはお腹を抱えて笑いだしました。

「ピート、突然すぎる!あなた随分とポジティブになったのね!」

「うん。まぁ、あくまで提案なんだけどね」

ピートは少しだけ頬を赤く染めて、笑って頭を掻きました。

今日からピートはクレアの気持ちに前向きになれそうな気がしました。しかし、ドクターがいうほど自惚れることはできません。本当は星夜祭にクレアが一生懸命彼のために編んだ手編みの手袋の存在を考えれば、そうなることもできたのですが、どうにも彼はそのことを忘れてしまっていたのです。手袋は大事にピートのコートのポケットにしまわれていました。

つづく




わたしの中でドクターってすっごいイケメンなんですけど…
天然ボケなドクターも好きなんですけどね!!
いよいよピークレ!!?って展開になってきました。
冬は恋の季節と思いませんか?