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春風といっしょに


ミネラルタウンにもようやく春の風が吹き始めたころでした。
いつも平和で静かな時間がゆっくりと流れる町。
町の人々はそんな変わりない毎日が好きな者もいれば、それが少し退屈に思え、都会に憧れを抱く者もありました。そんな穏やかな町に、今年は少し騒がしい二人の若者がやってきたのです。
あの日ピートとクレアが町に来てから、今日でひと月が経ちます。
二人は毎日町はずれの牧場にいました。

「もう、ピート!じゃがいも、こんな小さいんじゃ出荷できないよ」
「小さいかな?じゃ食べちゃう?」
「そうしようか、って…このやりとり何回目かしら。出荷しないもんだから、ただの自給自足生活だわ」
「まだ始めたばかりじゃないか!がんばろー」
と、このようにのんびり過ごしています。
二人はこの牧場を経営しているのです。
実をいうと、ミネラルタウンの町内会議では、この牧場は元の所有者の孫であるピートに譲ることにきまっていました。
しかし、町長のトーマスは何を思ったのか、クレアにも牧場を経営するための契約を結んでしまっていたのです。その上、その間違いに気付いたのは、ピートとクレアが町に来る日の前日のことだったのです。
ひと月前のあの日、二人が船に乗ってミネラルタウンにやって来た日です。この日、町長のトーマスは新しい二人の住人を向かい入れるためと、二人にとくにクレアに二重契約してしまったことを説明するために朝早くから支度をして、海岸に向かいました。そして八時を回ったころです、海岸に一隻の船がやってきて、トーマスは一目散に船から降りてきた青年に声を掛けました。

「きみがピートくんかね」
続いてその青年の後ろから降りてきた女性にも声をかけます。
「きみがクレアさんかね」
二人は重い荷物を抱えながら、元気に挨拶をしました。
トーマスも「自分は町長の…」と軽く挨拶するとすぐに本題に入りました。
「いやね、実は…」
「わたしの手違いで、君たちそれぞれに牧場経営の契約をしてしまったのだ」
二人は驚いて色々聞きたそうにしていましたが、トーマスは間を作らないように一気に言葉をつづけました。
「それでクレアさんには申し訳ないが、あの牧場はピートくんのおじいさんのものだったので、ここは孫のピートくんに牧場をお願いしよう思う。私の独断ではなく、きちんと町で話し合ったことなのだよ」
つらつらと早口で、このように二人に告げました。トーマスはこんなことを言ったら、クレアの方は怒るか泣きだすかするだろうと、覚悟をしていましたが実際はとにかく冷静な反応でした。ピートはお気楽そうに「やったー」と笑い、クレアの方はただ残念そうに「せっかく仕事辞めてきたのに」といいました。
トーマスは戸惑いながらも、特にクレアに何度も謝り、そんな町長を不憫に思ったのかクレアは「いいんですよ」と笑って応えていました。そんなやりとりが何回か続き、ようやくその場も落ち着いたかと思われたそのとき、それまで黙っていたピートが口を開きました。

「クレアさんさぁ、牧場やりたいんでしょ?せっかく街からこんなところまで来たみたいだし」
クレアとは突然声を掛けられて少々驚きました。
それ以上にトーマスが傷口に塩を塗られたように、ぐっと顔をゆがめましたが、二人はそれには気づきませんでした。
「元はあなたのおじい様の牧場なんでしょう。他人のあたしが牧場をもらうのは変だし、仕方ないわ。また街で色々考えてみます」
クレアは極めて冷静で、都会に帰る意思すら示しました。しかしピートはにこっと笑うと言ったのです。
「つまりは、おれの牧場でもないってことさ。きみがもしよかったら一緒に牧場やらない?」
この新手の軟派発言と思わせるピートの言動にはクレアもトーマスも驚きました。普通ではこんな話に乗る人はいないと思いますが、なんとこの後クレアはピートの問いに頷き、二人はともに牧場を経営することになったのです。
ここまでが、二人が牧場を一緒にやることになったいきさつです。
現在、ふたりが牧場を初めてひと月になりました。
そんな牧場経営は決して簡単ではありませんでした。なんとトーマスの契約は“三年間の実績”によって正式に牧場主にするかどうか決めるというものだったのです。クレアは畑や家計簿の現状を見るたびに、このことを思い出しました。

「これじゃまずいよね。牧場としての収入はまだ全然ないし、家畜はおろか、畑の開拓だってできてないし、町の人たちにもきちんと挨拶してないんだよ!」
こう叫ぶなり、すっかり項垂れてしまうクレア。加えてピートはやけにのんびり屋さんで、焦りをみせずマイペースに仕事をするので、彼女はその倍焦りました。
「ちょっと、きいてるのー?」
しゃがみながら苗に水をあげるピートのじょうろをクレアは奪い取って言います。その際、少しだけじょうろの中の水がこぼれました。

「おお、つめて!ちゃんときいてるよ。だって仕方ないさ」
「えー?」
ピートは突然両手ぐっと握りしめて立ち上がり、空に向かって拳を掲げ、言いました。
「ぼくらはまだ何も語っていないじゃないか!自分が想う牧場ドリーム語ってこそ、牧場物語の本当の始まりなんだ!」
クレアはその少しふざけた青年の姿をみて、ため息をつくなり、いいました。
「じゃあ、今すぐにでも聞かせてもらいましょうか!あなたの牧場ドリームってやつを!」
ノリよく言うクレアと、それに対してにこにこと笑顔をのっけたピートの顔が向き合うのと同時に、すこしだけ冷たく、でもあたたかい春の風が牧場を抜けました。
まだ始まったばかりのミネラルタウンの春、それと同じくしてピートとクレアの牧場物語も始まろうとしています。