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二人の告白

クレアの帰りを待っていたピートは、クレアの姿を見つけると仕事の手を止めて出迎えました。
「おかえり、遅かったね」
ピートは落ちていた袋を拾い、クレアが重そうに持っていた荷物も軽々と持ってしまいました。クレアは「ありがとう」と言って、ピートの後ろについて牧場を歩いていきました。まずは買ってきたものを片付けなければいけません。
家の中でも二人は一言二言会話を交わしましたが、どれも取るに足りないものでした。
二人はこの場が静かすぎると思いました。前ならどんな沈黙も何も気にすることなく、むしろ落ち着くとすら思っていたのに。
色々な出来事と様々な思いが、二人をすこしばかり変えていってしまっていました。
そしてクレアはもう我慢ができませんでした。
静かすぎるこの場の空気にはもう耐えられない、二人の間にある気まずい距離感にはもうどうしても耐えられないと思いました。なぜなら、すべての原因はとっくに分かっていたし、やはり彼女のドクターへの気持ちが明確になったからです。
「そこまでドクターと歩いてきたの」
クレアは意を決するように、下唇を噛みしめてから小さい声で言いました。
ピートはクレアのその言葉に胸に小さい痛みを感じました。
それでも彼は平気な顔をしていました。
「ああ、そうなんだ」
二人はテーブルの上に袋の中身を出していました。
ピートはクレアとは目を合わそうとせず、クレアはピートの表情を心配そうに見ていました。黙々と手を動かすピートでしたが、次に出るクレアの言葉でぴたりと手を止めてしまいました。
「わたし、やっぱりドクターのことが好きなの」
ピートは手に持っていたものをテーブルに置くと、クレアを見ました。
彼の顔はほぼ無表情でしたが、その瞳はすこし悲しげだとクレアは思いました。
「なんだよ。そんな改まって言わなくても」
「ごめんね、嘘ついてて」
「いや、おれはずっとそんな気がしていたからさ。クレアは嘘が下手過ぎるよ」
ピートは頭をがしがしと掻きながら「ハハハ」と笑いました。
一方クレアは笑えず、自分で自分の手をぎゅっと握りながら黙っていました。
ピートはクレアの様子を見て、彼女が長い間このことで悩み、辛かったのだろうと悟りました。きっとあの夏の花火大会の日からに違いない、自分が彼女に気持ちを打ち明けてしまったからだ。
「クレアはどうしてそんなに苦しそうなの?」
苦しむ必要なんてないのに、と続けてピートはクレアに訊きました。
先ほどポプリが言っていたように、大人ならばただ黙っていてはだめだ、真実と向き合わなくては、そんな風に考えていました。
「わたし、苦しそうに見える?」
「いや、そういうことじゃなくてさ、おれがクレアを困らせてたのかなって」
クレアは首を横に振りました。
「おれはさ、クレアに好きになってもらいたいんじゃないんだ。クレアが悲しそうにしてるのが嫌なんだよ。本当に、ただそれだけでさ、困らせたいわけじゃないんだ」
ピートは再び手を動かし始めました。
テーブルに乗っていたものが、在るべき所へどんどんと散らばっていきました。
クレアはピートの言葉を聞いて少し涙を流したようで、ピートはそれに気が付かないふりをするためによく働きました。
クレアはふいに「わかってる」と言って、ピートの動きを止めました。鼻をすすって、目元の涙を拭うとピートのそばへ歩いていき、彼の手を取り両手で包み込みました。
ピートは黙ってされるがままで、鼓動が大きく打って速くなるのを感じました。
しかし、それも彼女の言葉によって全く違う意味のものになってしまうのです。
「……わたし、こうしててもさ、全然ドキドキしないの」
ピートは握られている自分の手とクレアの真っ白な手をじっと見ていました。
「ピートに甘えてばかりで、ごめんね。こんなに優しくしてもらってるのに…。わたし、何にも返してあげられなくて、ごめん」
二人ともお互いの表情を見ることができませんでした。
それほど、二人は自分自身の苦しみに耐えることで精一杯だったのです。
ピートは自分の目がじわりと熱くなったような気がしました。
涙こそでませんでしたが、彼の中では収まりきれない様々な感情がこみ上げてくるようでした。
「そんなこと、気にしなくていいのに」そう言ったピートの声が震えていたので、クレアは泣いているのかと、思わずピートの方を見ました。
「ほんとさぁ、頼むから、そんなことで悲しむなよ」
ピートは笑っていました。
大人ならば逃げてはならない。現実と向き合って、自分が思う正しい道へ歩いていかなければならない、ピートはいまここで、クレアと自分自身に固く誓うことにしました。
「おれは応援するよ。クレアを、ずっとね」
それがピートの思う進むべき道なのです。
クレアは目を伏せて、まつ毛に涙をたくさんためて「ありがとう」と言いました。
家の中は寒く、隙間風がびゅうびゅうと音を立て、窓はがたがた揺れていました。
その風によって牧場の中にたくさんの枯れ葉が舞いました。
もう冬は目前でした。