in the spring rain@
ファ・ディール中がしっとりと雨に包まれました。
優しく静かに降る雨は、草木の渇きを癒し、人々の心にうるおいを与えるようでした。
この日、マイホームにはトトとコロナの二人しかいませんでした。
イムとバドは町に出かけていました。いつも騒がしい二人がいないマイホームはとても静かで、家の中にはポツポツと心地よい雨音が響いていました。
「こんな日は外に出ないで、家の中でゆっくりするに限りますね」
コロナは庭で摘み取ったばかりのハーブでお茶を入れました。ガラスのポッドに葉とお湯を入れるだけのシンプルなものと、少しばかりの焼き菓子を持って、居間でくつろいでいるトトために持って行きました。
「こういう雨は気分が悪くないなぁ」
「風もないですし、変にじめじめしていないし、雨音も心地よいです」
コロナは窓から静かに降り続ける雨を見ました。
「お前と二人ってのもめずらしいな」
二人はとくに会話もなくお茶を飲み、いくらかの沈黙のあとトトがふいに口を開きました。コロナはカップに口をつけたまま、頷くだけの返事をしました。
「最近はどうだ?また学校に戻りたいか」
「いえ、この暮らしがとても気に入っていますから」
「そうか」
「学校を出されてから雨の日は嫌いでした。でもマイホームの雨は全然ちがうみたい」
トトは返事をしませんでした。彼はこのような抽象的な表現が苦手でした。コロナはそれを知っていたけれど、続けました。
「前は雨が降ると憂鬱で、悲しい気持ちになることも多くって。でも今は雨も嫌いじゃありません。とくに今日みたいな雨はむしろ、好きです」
「そうか」
トトは話の内容よりも普段よりもよく喋るコロナに興味を持ち始め、話の続きを待ちました。
「両親が亡くなって、心に穴が空いたような感じで、いくらその穴を埋めても、雨は少しの隙間から入り込んできちゃうんです」
「あ?隙間から、何が入り込んでくるんだ」
コロナは遠い目をして、窓の外の景色を見つめました。まるで、“前の雨”を思い出しているようでした。そして言いました。
「“悲しみ”です」
コロナはそう答えると、空になったポッドにお湯を入れるために立ちあがりました。
トトは少女の後ろ姿に「へぇ」とだけ言いました。
この日雨は強まることも弱まることもなく、静かに降り続けました。
トトはその様子を一日中居間の窓から眺めていました。彼は強い心の持ち主なので、コロナがいうような、心が悲しみに支配されるということがどういうことか分かりませんでした。
さらに雨と悲しみに何か関係があるとは考えたこともありませんでした。
しかし考えれば考えるほど、雨は雨の他なにものでもないとわかりました。
コロナの心の隙間に入り込むのは、雨による悲しみでなく、己の弱さなのです。
コロナは頭の良い子でしたので、おそらく分かっているはずだとトトは思いました。
「子供が自分を守ってくれる人を失ったんだ。頭ではわかってはいるんだろうが……」
トトはいまコロナを守るべき者は、守っている者は誰なのかが分かりました。
やがてコロナが夕食の支度のために居間とキッチンを行ったり来たりし始めました。そんな少女に、トトは居間の椅子に座ったまま声を張り上げました。
「コロナ、お前がこの家にいる限りは雨を嫌いになることはないだろうな」
コロナはピタリと立ち止り、主人の方を見て首をかしげました。
「それはどういうことですか」
「お前は良いところに弟子に来たな」
トトは小さく笑い、コロナはトトが自分の質問に答えないことが分かると、曖昧な返事をして再び手を動かし始めました。
「そうですね、まだまだお世話になりまーす」
コロナはトトがむやみに意地悪を言うことはないと知っていたし、彼の言葉には何か意味があるに違いないと予感しました。そして心で、「マスターの言葉の意味は、今晩ベッドの中で眠りにつくまでの間に考えよう」と思いました。
再び二人の間に沈黙が流れ、しばらくすると雨音が響く中でトトは「ハーブティうまかったな」と言いました。コロナは笑いました。
「雨の日にまた淹れましょう」
笑顔のコロナの心には穴もなければ隙間もないのです。こうして彼女はまた少しだけ雨の日が好きになりました。