seiken | ナノ





エレはせっかく自由を取り戻したというのに、マドラ海岸の鳥籠灯台から出て行こうとはしませんでした。

「海へ出たいな」

ぽつりと呟いた一言は、願望ではなく外の世界への名残です。
彼女はいつだって外に出て行くことは出来ました。海に出るだけでなく、この世界の大空を羽ばたくための羽根だって持っていましたから。でもそうしません。
それは彼女の意志なのです。だから、誰がどうこう言ったって、彼女の世界はもう小さいものになっていました。

「エレ、遊びにきたわよ。また辛気臭いこと考えてるんじゃないでしょうね」

「あ、フラメシュ、いらっしゃい」

この海辺の灯台の中は、外の強い日差しとは裏腹に、うっすらと暗い中にチラチラと陽の光が指しこんでいて、少し神秘的な雰囲気を漂わせています。
そこにエレがブランコに座りながら美しい声で歌を歌っているのです。
その光景はあまりに美しいので、たまにやってくるフラメシュはいつも視界が眩しくなりました。

さて、この日フラメシュは大事な友人をこの海岸から連れ出すためにやって来ました。いくらエレ自身が此処にいたいと言っても、こもりすぎるのは良くないと判断したからです。

「たまには外の空気に触れた方がいいわよ」

「………」

「顔色がよくないわ、ちゃんと寝てるの?」

「徹夜続きのリュミヌーと一緒にしないで〜」

フラメシュは「つまんないこと言ってる暇があったら早くして」と怒りながら、灯台から出て行きました。彼女は水辺にいないと干からびてしまいますから。

ふたりは海岸に腰をおろしました。
目の前には真っ青なきれいな海が広がります。
海面はきらきらと光を放ち、ずっと遠くの水平線まで見渡せるこの美しいマドラ海岸はいいところでした。エレがこの場所から離れたくない理由はそこにもあるのかもしれません。

しかしエレはセイレーンなのです。
セイレーンにはセイレーンらしい生き方があります。きれいな歌声と、海も森も好きなところを飛び回ることのできる羽根をもっています。
だからフラメシュはこう思うのです。
“エレはこんなところに居るようなひとではない”。これが彼女なりの友人を思う気持でした。

「エレ、あなた歌を忘れちゃうよ。歌声を失くしちゃう」
「歌声と人の命だったら、重いのは人の命だよ」
「一体だれの秤ではかったのよ。あなたの歌声はあなたの命でしょ」

フラメシュはいつもの気の強そうな目を少しだけ垂らして言いました。
でもエレは細く優しい笑顔で言います。

「私が歌声を失くしても、私を忘れないでいてね」

フラメシュは涙が出そうになって、急いでそっぽを向いて次の言葉を吐き捨てました。

「忘れないわよ。でもその羽根はあんたのことなんか忘れちゃうわよ。あんたを巻き込んで、一緒になって枯れて消えちゃうわ」

エレは笑って聞いていました。

フラメシュのその言葉は投げやりに聞こえてしまうでしょうが、真意はそこにはありません。フラメシュの瞳から、そっとこぼれた小さな涙に本当の意味が込められているのです。(エレがその涙に気付いたかどうかは想像してみてくださいね)

そしてこの日揺るがないエレの優しさを再認識したフラメシュは、エレが外の世界で苦しんだり、歌を歌わなくなってしまうくらいなら、この美しい海岸で歌い続けて欲しいと願うのでした。



おしまい.


以前未完に終わった仲良し三人組長編の書き直しver.です。
フラメシュのひねくれた優しさを表現したかったのですが…
みんなに優しいエレと大切な人にとくに優しいフラメシュ。
お互い考えはすれちがうけど、友情は揺るがないのであった!